スノウ・ファントム
雪雲に覆われて灰色に支配された空の途中で、唐突に途切れている階段。
そこから落ちれば、あっという間に地上に降りられる。
迷わず一歩踏み出すと、体は空中に投げ出され、ものすごいスピードで雲を切り、落下していくのがわかる。
飛び降り自殺を体験できるようなその瞬間を最初は怖がったものだけど、今ではもう慣れた。
地上に降り立つ瞬間はふわりと体が浮くからアスファルトに叩きつけられる心配もないし、他にもあの世界に住んでいるといろいろな特殊能力が身につくから、たいていのことは怖くない。
(ただ、さっきキョウさんが言っていた“禁忌”に関することには、少し恐怖を感じるんだけどね……)
そんなことを考えているとあっという間に地上につき、俺は人目につかないような場所に着地する。
(さて。今日はキナコと何しよう)
とりあえず彼女の通う学校の方向へ足を進めながら、俺は持田遥だったときに“キナコとこんなことがしたい”と願っていたことを、ゆっくり思い返しはじめた。
* * *
「お前なー。その願いはあまりにも無理が……」
「別にいいだろ、妄想するだけならタダだし」
それは俺が事故に遭う数日前のこと。
翌月に控えたとある行事について、山野と昼休みの教室で話していた。
「いやいや、妄想するならもっとこうピンク色の……ああんとかいやーんとかキャッとかそういうのだろ」
「あ、ピンクの苺チョコだったらうれしいかも。愛情伝わる感じ」
「そのピンクじゃねぇ! ……そもそも、話したこともない女子からいきなりチョコ渡されるわけねーだろ。そんな妄想して虚しくねーのかおまえ」