スノウ・ファントム
触れるだけのキスはほんの数秒間だったけど、唇を離したあとは全力疾走したかのように胸が苦しかった。
(急に、キスなんて……怒った、かな?)
至近距離から窺うようにキナコの顔をのぞき込むと、少し充血して赤らんだ瞳は怒っているようにも泣き出しそうにも見えた。
傷つけてしまっただろうか。
それとも少しは心が動いた?
黙ったままのキナコからは何の思考も伝わってこないけれど、俺は彼女の耳元に顔を近づけると、ダメ押しのようにささやいた。
「チョコ……楽しみにしてる」
今度は寒さのせいではないと思う。湯気が出そうなほど頬を火照らせたキナコは、ただコクンと頷いた。
それからまた手をつないで、雪に足跡をつけながらふたりゆっくりと並んで歩いた。
持田遥でいた過去、そしてルカとして過ごしている現在を合わせても、その日は人生で一番幸せな帰り道だった。