スノウ・ファントム
「佐々木さんのとこ、早く行ってあげなよ。僕の決心が鈍ったら困るだろ?」
「ああ……あのさ、葉村」
いくら彼の望みがかなうとはいえ、死んだ肉体と生きた肉体の交換をしているのだ。
そのメリットは俺の方にばかり偏っているような気がして、葉村に何も言わずにこの場を去ることが憚られた。
でも……何を言おうっていうんだ。
友達でもなければ、好きな相手が同じ憎らしい相手。
キョウさんと一緒に下界(ココ)を見下ろしながら、葉村理久は邪魔者だとずっと思ってきた。
そんな相手と、お互いの望みをかなえるために、自分の持っているものを交換しただけ。
そう自分に言い聞かせているのに、鉄の塊でも飲み込んだように心が重たく、何度も口を開きかけては閉じ、やっと出た言葉はこうだった。
「ゴメン……俺の人生に巻き込んで」
けれど、そのあとの葉村の返事を聞くのは怖くて、俺は逃げるように屋上をあとにする。
出入り口の扉を忙しく出て、そこに背中をもたれさせ額に手を当てる。
目を閉じると、聞こえるはずのない葉村の足音が聞こえるような気がして、俺は両手で耳をふさいだ。
それでも耳の奥では、屋上の床を一歩一歩踏みしめながら、手すりの柵に向かっていく葉村の足音が消えない。
瞼の裏には、その光景が映像となって浮かんできた。
葉村が手すりをつかんで、そこを乗り越える。少しでも足を踏み外せば、一瞬で真下に――。