クールなCEOと社内政略結婚!?
“結婚の事実はない”

 その言葉に大きなショックを受けた私はその場に座り込んでしまう。電話口から『あさ美さん、あさ美さん』と私を呼ぶお義母さんの声が聞こえてきた。我に返って返事をする。

『大丈夫? とりあえず孝文と相談して早急に役所に行って調べてもらいなさい』

「はい」

 お義母さんはまだ何か話したそうにしていたけれど、私は話を切り上げて孝文の書斎に向かった。

 普段この部屋に入ることはめったにないのだけれど、今回は緊急事態だ。主のいない部屋で私は孝文のデスクの引き出しを漁り始めた。

 こんなことよくないとわかっている。けれど私は手を止めなかった。

 脇机の上から二番目の引き出しをあけると、そこにはいくつかの封筒が綺麗に整理されて置かれていた。その一番下におかれていた封筒から私の探していた封筒が見つかった。

 それは本来ならここにあるべきではない私たちの……婚姻届だった。

 じっと見つめていると、書かれている文字が涙で滲んでいく。

「私たち、夫婦でもなんでもなかったんだ……」

 紛れも無く私と孝文が他人であることを、この手の中の書類が証明していた。

 驚きと戸惑いと怒りと焦燥感。ありとあらゆる負の感情が次々と私を襲ってきた。足元が崩れ落ちるような感覚になって、その場に座り込む。耳の奥でキーンという耳鳴りの音が聞こえてきて、他の音が何も聞こえなくなる。
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