クールなCEOと社内政略結婚!?
「どこに行くつもりだ。まだ話は終わってないだろう」

 ゆっくりと諭すように言われた。回された手を解こうと孝文の手に触れる。

「離して。今日は一緒にいたくない」

「ダメだ。ちゃんと話が終わるまで、ここにいるんだ」

 そのほうがいいのかもしれない。けれど頭ではわかっていても疲れきってしまった心がそれを拒否した。溢れだした涙がポタリと孝文の腕に落ちる。

 それを感じ取った孝文の腕が緩んだ瞬間、私は彼から逃げ出した。

「何を話しても、無駄だよ。私たち夫婦でもなんでもない。築いた関係も信頼も愛情も嘘の上に成り立っていた偽物なんだよ」

 俯いたまま吐き捨てるようにいい、玄関に向う。ボロボロと流れ落ちる涙を拭い、外に出た。扉が閉まる瞬間「あさ美」と私を呼ぶ孝文の声が聞こえたけれど、私はエレベーターで一階に向かった。

 早くこのマンションから離れたい。笑い合ったことも言い争ったこともそして……深く愛しあったことも、その思い出が私の中で大切すぎて辛い。

 嗚咽を漏らすほど泣きじゃくりながら、私は大通りに出てタクシーに乗る。私が向かったのはとあるホテルの一室だった。
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