兄弟ものがたり
「慎重に……?」

「そう、慎重に」


まるで呪文のように“慎重に”を繰り返しながら、陽仁は恐る恐る小麦粉を量る。


「……こんなことなら、簡単に作れるキットを買っておけばよかったな」


立河の呟きもまるで耳に入らないほど、全神経を集中させて、陽仁は秤と向き合う。
その目盛りが、規定の位置を示した瞬間、詰めていた息を吐き出して、僅かに浮いた額の汗を拭った。


「ふう……これは、試合前より断然緊張するな!立河はいつも、こんな緊張感の中でお菓子を作っているのか」

「まあ、初めてだと緊張するかもね。ぼくもそうだったし」


それにしても陽仁は緊張し過ぎだと思ったが、それは言わずにおいた。


「じゃあ次は、グラニュー糖を量って。あっ、あとバターも」


ようやく小麦粉を量り終えたところで、次々と渡される新たな材料に、陽仁は固まった。
その思考が停止したような顔に、立河が「どうかした?」と首を傾げる。


「すまん、立河……おれはもう、ダメかもしれない。今ので燃え尽きた……」


小麦粉を量るのに神経を使い過ぎたらしい陽仁に、立河は苦笑する。
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