兄弟ものがたり
4 和人~あの日から、ずっと~
――「佐川さん」


それは、とても穏やかな声だった。

耳だけでなく心にまでスッと染み入るような、柔らかい声。
それは陽仁でも、父でも、和人の知っている誰でもない、初めて聞く男の声。

真悠が男と一緒にいる。それも、自分の知らない男と。しかも真悠は、それを隠そうとしていた。
それは、自分でも驚くほど和人の心を深く抉った。


「あんたさーもうちょっとこう……愛想よく出来ないわけ?」


ハッとして顔を上げると、カウンター越しにこちらを見つめる人とバッチリ目が合った。

つい先日の電話のことを思い出していた和人は、それを振り払うように軽く頭を振って、気持ちを切り替えるために息を吐く。


「おまけに辛気臭いため息までついて。店の雰囲気が暗くなる」


生の野菜や果物、そのほかピューレやジャムなども扱う業者でアルバイトをしている和人は、本日得意先のパン屋に配達に来ていた。


「せめて笑え」


先程から不満たらたらで伝票にサインする人物を、和人はややムスッとした表情で眺める。
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