兄弟ものがたり
俯きがちに視線を下ろして、歯を食いしばる。
頭の中に鳴り響く声を、何とかして消しさりたかった。


「あんた、このあと配達何軒あるの?」


前田の言葉に、和人は僅かに視線を上げる。


「あと、もう一軒……ですけど」


外に止めた配達用のバイクには、もう一軒分のダンボールが積まれている。それを届けて、バイクを返しに店に戻れば今日の仕事は終わりだ。


「ならさっさと届けて、戻ってこい」

「……はい?」


追い出すように背中を押されて、和人は慌てて振り返る。


「ちょ、ちょっと待ってください。戻ってこいってなんですか」


扉の前まで背中を押され、今にも外に放り出されそうな状態で振り返った和人の視界に、前田の意味ありげな笑顔が映り込む。


「今日は暇だから、特別。負のオーラがダダ漏れのあんたを、いいとこに連れてってやる。だから、残りの仕事をきっちり終わらせて、ちゃんと戻ってこいよ」


とんっと背中をひと押しされて、開いた扉から外に放り出される。
言葉を返す隙も与えず、無情にも和人の目の前で扉が音を立てて閉まった。





< 49 / 76 >

この作品をシェア

pagetop