兄弟ものがたり
初めの頃は真悠も、「あのね、この間のことなんだけど――」とドア越しに話しかけたり、メールや電話での説明を試みていたが、どれも和人がスルーしていたら、やがて諦めたようで、いつも通りの当たり障りない連絡しかしてこなくなった。

けれどそれすらも、和人はスルーしている。

それもこれも全て、真悠を呼ぶ見知らぬ男の声が、頭の中にこびり付いているせい。

重たい息を吐きだしてスマートフォンごと手をポケットに突っ込めば、カランカランと扉が開く音がした。


「あっ、ごめん待った?もうちょっとかかるかと思ってたんだけど、意外に早かったな」


入って来た前田は、見慣れない私服姿で、和人は僅かに目を見張る。


「裏にごみ捨てに行って、ちょっと掃除してきたんだよ。鍵空けといて正解だったな」


軽い足取りで店に入って来た前田は、厨房やレジの中を確認して、窓が全て閉まっていることも確かめると、立ち尽くす和人の腕を掴んでニカッと笑った。


「じゃあ、行こっか」

「い、行くってどこに……あっ、ちょっと!」

「いいからいいから」


腕を引かれるままに店を出て、施錠した前田に引っ張られる形であとに続く。


「ちょっと歩くけど、ほんとにいいとこだからさ」


何の前触れもなくぱっと腕を離した前田は、和人がついて来ているかを確認することもなくどんどん歩いていく。
しかたなく和人もあとに続くが、どこに向かっているのかはさっぱりわからなかった。




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