兄弟ものがたり
「はい、到着」

「……前田さん“ちょっと歩く”って言いましたよね。あれのどこが“ちょっと”なんですか」


促されるままに歩き続けて、流石の和人も足が重たくなってきたところで、ようやく前田は足を止めた。


「“ちょっと”の感性は人それぞれってね。ここ、あたしのオススメの店。ほんとは誰にも教えたくないんだけど、今日は特別出血大サービスの大盤振る舞い!」


軽く息を整えて、和人は路地裏に佇むその店を眺める。
看板に書かれたオシャレな店名は、全く読めない。でもその静かな佇まいや、趣のある雰囲気は嫌いではなかった。


「いいか、今日は“特別”に教えてやるんだから、あんまり他でべらべら話すなよ。あたしのお気に入りの隠れ家なんだから」


そう言って扉に手をかけた前田が、するりと中に入っていく。
あとを追うように和人が扉を開けると、柔らかい声に出迎えられた。


「いらっしゃいませ」


その声に、思わず動きが止まる。
< 52 / 76 >

この作品をシェア

pagetop