兄弟ものがたり
「佐川さんと私は、ただのお客様と従業員の関係です。なにせ私には、生涯心に決めた人がいますので」


スプーンと一緒に差し出されたその言葉が、ちょっぴり照れたような笑顔が、和人の心にじんわりと染み入る。

あの雨の日、真悠はこの店で、お茶を楽しんでいただけだった。


「誤解させてしまったことを、謝らなければと思っていました。佐川さんにも、あなたにも」


「電話の相手は、あなただったのでしょう?」と続いた星見の言葉に、和人は差し出されたスプーンを受け取りながら小さく頷いた。


「佐川さんと私は、お客様と従業員であり、時に料理の生徒と先生であり、また時にはただの話し相手でもあります。あなたが心配なさるようなことは、何もありません」


スプーンで掬ったチョコレートをぱくりと口に咥えて、和人は押し黙った。

全ては、自分の勝手な勘違いだった。
それなのに話も聞かず、一方的に真悠を遠ざけていた自分の幼稚さが腹立たしい。

底に残ったチョコレートまで綺麗に飲み干して、和人はカップを置くと、星見に向かってぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございました」


そんな和人の姿に、星見も穏やかな微笑みを浮かべる。
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