月が綺麗ですね。
「ちっ……」
椎名くんは舌打ちすると、うなじをカリカリ掻いてそっぽを向いた。
状況の掴めない私は、ただポカーンとするしかない。
その間にお姉さんは私たちに近づいてきた。
近くで見ても綺麗……
「どうしてこっちに歩いてくるのよ?……って、あら、彼女??」
「へっ……!?」
遅ればせながら私に気づいたお姉さんは、少し意地悪そうに笑った。
「ちっ…てめぇに関係ねぇだろクソババア」
「母親に向かってその口の聞き方は何かしら?」
「うるせぇ、とにかくコイツは彼女じゃねぇからな誤解すんな」
顔の整った人が、いがみ合うとここまで迫力が出るのか……
二人とも纏ってるオーラが凄まじい。
…………っていうか。
「母親!?!?」
「椎名月子(つきこ)って言います。コイツの母親よ」
とてもにこやかに、椎名くんのお母さんもとい月子さんは彼を人差し指で指差しながら言った。
「誰が名乗れっつった」
「いつも馬鹿息子がごめんね?失礼なことばっかり言ってるでしょう?」
「え、あ、はい……」
ガン無視である。
「で、彼女じゃないなら何なのよ?」
少し挑むような顔をした月子さんに、椎名くんは動揺を瞳に浮かべた。
「友達…か?」
か、の時にゆっくり私を見下ろす椎名くん。
「私に聞かれても…!?」
「元はと言えばお前が始めたんじゃねぇか?」
「私はあの時で終わると思ってたんだけど…?」
私と椎名くんの関係性。
今まで気づかなかったけれど、それは名前の付けられない物のように思えた。
友達でもなければ、恋人でもない。
他人でもなければ、知り合いと割り切れるほどフラットでもない。
二人して黙り込んでいたら、月子さんは呆れたように苦笑した。
「……あなた、名前は?」
「あ、望月 環那です」
「環那ちゃんね、覚えたわ」
「は、い…」
月子さんは思案顔で、左手首に巻き付くオシャレな細革の時計をパッと見た。