月が綺麗ですね。
殺人現場になるものだと思い込んでいた私は、黒髪美男美女カップルの登場に驚いていた。
「え、なんで、悠介くん?」
普通に瑠璃子だけ来ると思ってたんだけど?
「コイツは、お前の親友だろ?
ヤツらもそれは知ってるだろうし、望月のとこに向かってると思われて付けられたら、バレるじゃん。
一人で行くとか言い出すから、慌てて止めたよ。
俺と一緒にいれば、彼氏とどっかに昼飯食いに行くように見えるだろ、って」
悠介くんの機転に感謝だ。
さっき取り巻きたちが授業中にも関わらず私たちを探していたことからして、授業中も休み時間も関係ないということだろう。
「…ありがとう、瑠璃子、悠介くん。……でも、なんで誰かに追われてるって分かったの?」
そう言えば私、一度もそういう風に言ってないけど……メッセのとき当たり前のように聞かれたし。
「写真撮って大々的にスクープしたり、そういう輩がいるってことがわかったでしょ。
そういうヤツらも絶対にアンタたちを探してるし、そもそもそいつの取り巻きが黙ってるわけ無いじゃない」
椎名くんをそいつと言って、顎で指した瑠璃子は、吐き捨てるように言った。
「うちの環那をよくもこんな危険な目に会わせてくれたわね……」
切れ長の眼を吊り上げながら、ドスの効いた声で瑠璃子は言葉を投げた。
その迫力に背筋が凍る。
「ちょ、瑠璃子、落ち着いて…っ大丈夫だから」
椎名くんへとズンズン迫る瑠璃子を、押し留める。
分かってる、瑠璃子は私を大切に思ってくれているから、椎名くんにこんなに敵意を剥き出しにして、向かっている。
今にも殴りかかりそうな剣幕に、私も圧倒されてしまう。
でも、
「瑠璃子、私が悪いの!」
「そうだとしても、一発殴らせろって言ってんのよ。中途半端な男が一番嫌い!」
「私が、強引に椎名くんに告白してたの!私に全部責任があるから。お願い、やめて瑠璃子」
「……もういい、望月」
「え……?」
我関せずだった椎名くんが、いきなり、もたれていたフェンスから、こちらに寄ってきた。
私も瑠璃子も、思わず固まってしまう。
やめろだなんて、殴られる気なの…?
そんな必要ないのに、椎名くんが責任を感じることなんてないのに、さっきだって、それで揉めたのに……どうして。
「俺はもう、お前とは関わらない」
「っ…!?」
嘘でしょ、ねぇ、今すぐあの意地悪な顔で冗談だって笑ってよ。
視界が滲んでいく。
瞳を閉じれば、夢だった、なんてことは起きないかと閉じてみるけれど、ただひと粒の涙が溢れるだけだった。
「ど、うして…っ」
「いい加減鬱陶しいんだよ」
「私に興味が湧いたって…!」
「期待するもしないも、お前の自由だって言ったろ」
「今更諦めるなんて無理!」
「お前の都合を押し付けんじゃねーよ」
また一筋、涙が溢れた。
ハラハラと溢れるそれを止める術は無くて。
それでも、懸命に目を逸らすまいと睨みつけた。
そんな私に、椎名くんは無表情に色のない顔を向けるだけ。
苦しい。
苦しい。
さっきまで笑い合っていたのに。
「もう話しかけてくんなよ」
その言葉は、氷の柱のように、私の胸に突き刺さった。
冷たく、固く、抜けない。
椎名くんは、私を避けて屋上の扉へと向かう。
背後で扉が閉まった音が、やけに大きく聞こえた。
その音は、全ての終わりのように、私の脳内でこだまする。
堪えていた嗚咽が漏れだして、
「ぅ、うぅ……っ」
立っていられなくて、その場にへたりこんだ。
空はさっきまでの綺麗な青空を忘れたように、どんよりと曇り、今にも泣き出しそうだった。