月が綺麗ですね。
「環那」
名前を呼ばれて、徐々に意識が浮上していくと、右手に大きな温もりを感じた。
雨音は変わらず、でも私の鼓膜を揺らしたのは、
「………し、」
「悪い、勝手に上がった」
椎名くんの、声だった。
私の右手を包むのも、当然、椎名くんの手だ。
「ぇ、え…?」
椎名くんを見て、右手を見て、状況を飲み込もうとするけれど、驚くほど頭が働かない。
軽くパニックになっていると、それまで無表情だった椎名くんが突然切なげに顔を歪めた。
「これは、お前が泣いてたから、」
包んでいた右手をするりと離すると、そちらに目線を配って言う椎名くん。
「あ、え、」
ゆっくり体を起こしながら、慌てて手で顔を触ると、確かに水滴が伝っていた。
「ぁ、ごめんなさ…っ」
手の甲でゴシゴシと目を擦ると、その手をパシリと取られた。
その手の温もりに、また視界が揺れてしまう。
「そんなに擦るな」
私を見つめる椎名くんとそれ以上目を合わせていられなくて、俯く。
「………どうして?」
「え?」
「私に興味、ないって」
「……」
なかなか返答が無いから、そろりと顔を上げて……後悔した。
椎名くんはまだ私を見つめていた。
澄んだ眼差しに囚われて、そらせなくなってしまった。
「…あんなこと言って、ごめん。俺のこと本気で好きになってくれたのに、傷つけた。本当にごめん」
あれが椎名くんの優しさだったのは、今思えばわかる。
「でも、付き合えない」
「……なんで?」
小さな子どものような質問は、不安定に揺れながら、彼の鼓膜を揺らす。
「俺と付き合うと後悔する」
「そんなの…、」
「みんなそうだったから」
「じゃあもう優しくしないでよ!!」
かすれた声が、部屋に響いた。
そしてすぐに雨音に溶けていった。
ひどく喉が痛い。
耳鳴りがする。
椎名くんの顔が見られない。
涙がひと粒、俯く私の頬をなぞった。
『お前も今までのやつらと一緒だろ?』
そう言われた気がして、とてもとても、腹が立った。
俯いたまま問う。