月が綺麗ですね。
「どうして来たの」
「……」
「答えられないなら今すぐ帰って、二度と私に関わらないで」
口からは、驚くほど冷静に拒絶の言葉が出てきた。
膝の上では私の拳が震えていた。
元々、関わろうとしなければ、私たちはお互いに遠い存在だった。
喋ったこともなかった。
勝手に片想いして、終わるはずだった。
……でも、あなたの小さな優しさを目にするたびに、片想いで終わるのが惜しくなってしまった。
そして気がついたら、告白する意外の選択肢が、私の中に無かった。
それなのに今では私から彼を拒絶をしている。
いつまでも この人の優しさに浸っていてはいけない。
ここが、不毛な恋の落とし所だと思うから。
――――だからお願い、早く行って。
「ここに来たのは、お前に礼を言いたかったから」
「……は?」
思わず濡れた顔を上げて、また目と目が合ってしまう。
何の、お礼だろう。
しつこく付き纏って、周りを引っ掻き回した私に、一体何の―――――
「父さんと母さんに全部話した。どうしてバスケをやめたのか。あったこと全部」
真摯すぎるほどの視線に捕まって、体が動かない。
思考も止まりそうだけど、これだけは思った。
「……よかった」
また一筋、涙が頬に軌跡を描いた。
「俺、今まで話さないことで家族を守ってたつもりだったんだ。心配かけたくなかったから……だけど、それが逆に心配かけさせる元になってたなんて、本当にバカだった」
苦笑にも似た複雑な表情(かお)をして、
「ありがとう」
もう一度お礼を言う椎名くん。
その顔は、色々な感情を含みながらも、どこか晴れやかだった。
嬉しい。
彼が、私の言葉で心を動かして、家族と過去と向き合ってくれたことが嬉しい。
またまた涙が溢れてきて、止まらない。
「椎名くん、また、バスケやってよ」
「…え?」
「私、椎名くんのバスケやってるときの顔、大好きだよ」
泣きながら、笑った。
きっと酷い顔をしていると思う。
でも、椎名くんがバスケをやってる姿は、本当にかっこいい。
汗をかきながら、それでも笑顔で、楽しそうな椎名くんがまた見たい。