月が綺麗ですね。




どうしたのか、固まったままの椎名くんを不思議に思い見ていると、その手が私の目元に伸び来てきて、涙を拭ってくれた。

その手はいつの間にか頬まで滑り落ちて



「環那…」

「っ……」



どうして、そんな苦しそうな顔して呼ぶの?


少しずつ縮まる距離に私の鼓動も反応する。

雨音が遠ざかっていく。

至近距離で重なる視線に耐えきれなくなって、 目をギュッと閉じると、数秒後……


コツンと額に硬い感触。



「あっつ、」

「えっ?」


驚いて目を開けると、そこには椎名くんの、何度見ても端正な顔……


「38度くらい普通にあるぞ、寝ろ」

「???」


そして固まるしかない私は、完璧に油断していた。

顔を離して私を見た椎名くんは、意地悪に口の端を上げて、


「キスでもされると思ったか」

「っ…!!!」


めちゃめちゃ痛いところを突いてきた。

慌てて反論するも、出てくるのはガラガラ声。


「全然思ってないです!!」

「あっそう」


余裕綽々な顔しやがって…!!

許さん!許さんぞ!!

さすがの私も堪忍袋の緒が!!


と更に反論しようとした瞬間、視界が90度変わった。


「だから寝てろって」

「っ!?」


つまり押し倒されて、いた。

わけが分からなくて、ただ目を見開きながら、目の前の椎名くんを見るしかできない。

数秒の沈黙が重くて、それと比例するように鼓動も強く重く私に響いてくる。

パニックになっているのは熱のせいなのか、この状況のせいなのか。

何か言ってほしくて、この空気を壊してほしくて、口を開いた瞬間、



「しい、」



壊れた。


彼の唇と私の唇が重なったことによって。


微かに音をたてて離れたそれに、現実に引き戻された。


ベッドのスプリングが一声鳴いて、私の顔の脇に置かれていた手が離れていく。


「っ、」


思わずその手を掴んでしまって、困った。


……どうして、掴んだりしたんだろ。


もはや正常ではない。

鼓動の速さも、この状況も、私の行動も。


とっさの行動が裏目に出て、目を泳がせる。

ぱっと手を離して、


「えっと…その、」


言い訳を並べようとするけれど思いつかない。

頭の中は、いよいよこんがらがってきた。

だから、気づかなかった。



「理性、ぶっ壊れそう」



椎名くんが、こんなに切羽詰まった顔をしていたなんて。




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