シチリアーノは泡沫に
僕が客室を回ってお客さんに声をかけると、みな喜んで食堂に集まってくれた。

どうやら皐は有名らしい。

僕が「さつき荘の娘がフルートを吹く」と言ったら「あの綺麗な子がねぇ」とみな興味を持ったようだ。


食堂のテーブルを少しだけ壁側に寄せて、カウンターの前にスペースを作った。

いつもなら崖の上にいる頃だが、今日の舞台はその小さなスペース。

祐子さんと豊さんに飲み物と軽い食べ物を用意してもらって、ちょっとしたディナーショーのようになった。


お客さんは家族連れが二組、カップルと老夫婦が一組づついて、僕たちを入れて観客は10人ちょっとだった。

その前に皐が立った。


「こんにちは。美島皐です」


柔らかい声でそう言った後、皐は静かに演奏を始めた。

彼女の透明な響きが広がる。

僕は緩やかな波に呑まれるように、目を瞑って音の世界に引き込まれていった。

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