シチリアーノは泡沫に
見ると、驚きと痛みで顔を歪めた僕に彼女は真剣な眼差しを注いでいた。
透き通った黒い瞳ごと近づいてくる彼女を見て僕は一気に痛みが吹き飛んだ。
「さ、皐…?寝ぼけてからかわないでよ」
何だよ、目が離せない。
一瞬彼女の瞼が伏せられて、唇がきゅっと引き締まった。
「あの、さつ…あれ…?」
皐は、いつの間にか笑っていた。
今までに見せたことがないくらい嬉しそうに。
「ごろー」
眠くて呂律が回らないのか、舌足らずの皐が僕を呼んだ。
「ごろう、私、楽しかった」
「ん?……ああ!」
そうか、皐はここで演奏会を思い出していたのか。
彼女が満足そうにしている理由を知って、途端に僕も嬉しさが込み上げてきた。
胸が一杯だ。
「楽しかったよ」
「うん、良かった」
「ごろうのおかげで」
「え……」
「ありがとう」
あまりにも自然に皐が言ったから。
僕は驚いて、一瞬心臓が止まったように錯覚した。
そんな僕の気も知らないで、皐はまた顔を伏せて眠りに落ちたようだ。
そんな風に言われて、僕はどうしたらいいんだ。
身体中が色々な気持ちで溢れて、核心に辿り着けそうで辿り着けない。
そっと皐の頭に触れてみたけど、彼女が何を考えているかなんて、当然分からなかった。