シチリアーノは泡沫に
それから一時間くらい経って、さつき荘に入ってくる客が徐々に増えてきた。
僕がここに着いたのは10時頃だから、そろそろみな日陰と食べ物を求める時間帯なんだろう。
早速僕は手伝うこととなった。
「ゴロすけには、主に厨房の手伝いをしてもらう。接客は祐子と皐がやるから」
と、筋肉質のおじさんが僕に言った。
皐さんの父親、美島家の主である豊さんだ。
豊さんはたくましくてとても優しそうだった。
それにしても随分と自然に僕のことをゴロすけと呼んだな……
「さぁ、早速取りかかろう。仕事は実践あるのみだ。分からないことがあったら遠慮せずに聞いてくれればいいからな」
豊さんがニコニコと笑いながら言ってくれたから、僕は少し安心した。
良かった。
普通の人がいた。
「忙しいけど、死にまではしないわよ、多分」
最後に聞こえた祐子さんの台詞は、きっと空耳だ。
「五郎ーがんばー」
涼しげな風に吹かれながら皐さんは言った。
彼女の含みのある笑顔が最上級に怖かった。
きっと、なにかあるな…
しかし彼女は働く気があるのだろうか。
どっしりと深く椅子に腰かけていて、なかなか動かなそうだった。