あしたのうた


「紬?」

「……徹さんが、探してる」


やがて落とされた言葉に、嗚呼そうか、と納得して、それからすぐにどうしようかと頭を抱えた。


紬の兄貴の間に何かあるわけではないのはもう分かった。けれどまだ『記憶』を知らないままの俺の中では額田王の旦那さんは中大兄皇子だし、そうでなくともあんな別れ方をしてしまった以上、どんな顔をすればいいのか分からない。


「……私から、見つかったとだけ言っておく?」

「……うん、お願いして、いいかな」


もう少しだけ、距離を置くことを許してほしい。落ち着く時間が、整理する時間が欲しい。


スマホを取り出して連絡をし始めた紬を眺めながら、いつの間に連絡先交換をしたのだろうとぼんやり考える。訊きに行った時、だろうか。初めて会ったときは交換していなかったから、可能性があるとしたらそこ。となると、紬は一体兄貴とどうやって会ったのか。


今度訊こう、と思いつつ、連絡の済んだ紬の身体を抱き締める。何度もくっついて離れて、を繰り返しているのは、寒いから。紬を家に帰さないとな、と思うが、感じる体温が暖かくて離れる気になれない。それでも、俺はともかくとして、紬は心配されているだろう。


「帰らないと、ね」

「……もう少し、一緒にいたい」

「でも、ご家族が心配してるでしょう」

「それは、渉も、だよ」


そうだけど、紬は女の子だから、と返す。そういう問題だけじゃないよ、と返ってきた反論に、きちんと自分で分かっているだけあって何も言い返せない。


大切に、思われていることは、分かっている。


紬ではなくて、この時代の、家族から。父親や母親や兄貴から、もう少し広げれば疾風からも。


「……あと、少しだけ、ね」


結局紬の思いを汲んでそう言うと、くす、と聞こえた笑い声に俺もつられて笑い声を漏らした。


少しだけ。もう少しだけ、同じ時間を。


嗚呼好きだなあ、と何ともなしに思って、紬の頭の上に顎を乗せる。重いよ、と返ってきた声にごめんと謝ると、今度は痛いと返ってきた。喋ると動くから痛いらしい。


わーたーる、と窘めるように呼ばれた名前に大人しく顎を退かす。しっかりと視線を合わせてきた紬が、ぺし、と軽く俺の額を叩いた。


「そういえば、渉、身長いくつなの?」

「んー……百七十、越えてたかなくらい」

「私と十センチ以上差あるんだ」

「百六十ないくらい?」

「そうだよ」


そういえば、いつの時代も身長差ってこのくらいだよね。


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