あしたのうた
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天気予報通りに晴れた空を眺めながら、私は一つ深呼吸をした。
一夜明けて、土曜日の朝。昨日、帰り際に何かを思い出した様子の渉に、河原に十時、と囁かれていた。どこまで思い出したのかは分からないけれど、恐らく額田王や大海人皇子について思い出したことは見ていれば分かる。
問題は、それ以外の時代。額田王の頃はもう思い出したとすると、渉からまだ聞いていない名前はあと二つ。果たしてもう思い出しているのか、それともまだ思い出していないのかは、正直見当がつかない。こういったことは直接話したい気持ちがあるから、メールや電話で訊くこともしなかった。
十時にはまだ一時間程早い。早く来たのは、少し落ち着きたかったがため。
駅前のコンビニで温かいお茶を買って、両手で包み込むようにして持つ。朝のひんやりとした空気が冷たい。もしかしたら後で冷たいやつも買うことになるかもしれないな、と思いながら、河原へ続く道に足を向ける。
ちらちらと目につく金木犀はまだ香っておらず、もう一週間くらいかかるだろうかと予想を立てる。その時一緒にいられたらいい、と思いながら、きっと悪いことにはならないと自分を励ました。
思い出したのなら、大丈夫。心配は、いらない。
あの時代は、私と渉の、彼と彼女の最初の時代だ。
あの時代から、私たちの繰り返しが始まった。あの時代のせいで、あの時代のおかげで。何度もなんども出逢って別れてを繰り返しながら、今まで。
どうして今までの時代では憶えていなかったのだろう。どうしてこの時代になって思い出したのだろう。
きっと、あの時代のやり直し、だ。私たちが繰り返している理由。かみさまも遊んでいるのかも知れないけれど、あの時代を思い出した今、私の心の中にあるのはその想い。
少しだけ、不安になることもある。この時代で思い出したということは何かが変わるわけで、もしかしたら何事もなく一緒に長生き出来るのではないかと。だとしたら、やり直し、は成立したことになって、繰り返しは無くなってしまうのではないかと。
────『紬は、信じていてよ。お願いだから』
────『間違えた未来を、紬の望まない未来を、信じないで』
けれど、渉の言葉を思い出す。私の望む未来を信じていてよ、と。私の望まない未来を信じないで、と。その言葉を思い出せば、私はいつだって『あした』を信じていられる。この時代で終わらない繰り返しを、ずっとずっと、ずっと先まで続く繰り返しを。
信じて、いられるから。