あしたのうた
巡り巡って、私たちは幸せになっているのかもしれない。少なくとも、私と彼が離れることで、姉と姉を愛してくれる人は出逢うことができた。引き離されたけれど、彼の兄のおかげで彼を想うことは赦されていたし、彼も彼で私のことを出来る限り最大限に愛してくれていた。
「嗚呼、」
そして、気付く。
「────わたる」
私は幸せだった。姉もきっと、幸せだった。彼も恐らく、幸せだった。
では。
「お兄さん、は」
彼の、兄は。中大兄皇子は。
彼は一体、幸せだったのだろうか。
「……ねえ、紬」
呼ばれた名前に、そっと意識を向ける。俺は幸せだったよ、と唇の端から溢れ落ちていった言葉を、違わずに拾う。
「お姉さんも、幸せだったと、言っていたよ」
その、お姉さんが。鏡王女を指すことくらい、言われずとも分かることだった。
どうして、と口をついて出た言の葉は、その先を続ける前に彼の視線に掻き消された。くるりと横になった渉が、私をしっかりと見据える。その視線を正面から受け止めて、私は知らず知らずのうちに息を呑む。
「亡くなる前日に、会いに行ったんだ」
たまたまではなくてね、と付け足す彼が、寂しげな笑みを零す。思い出したのだろうということは容易に想像ができて、私はきゅっと唇を噛み締める。
「兄もそうだったけど、彼女も相当、俺たちによくしてくれたから、お礼が言いたくて」
そうだね、と動かした唇から声は出てこない。そっと伸ばされた渉の手が私の手を掴んで、苦しくなる気持ちを逃すように、強く強くその手を握る。
「そうしたら、私『は』、幸せだったよ、って。────でも、貴方の兄様は、って」
ごめんなさい。ごめんなさい。気付けなくて、ごめんなさい。
「その時俺も、初めて気付いた。さっき、漸く思い出して、今俺もすごく苦しい」
泣かない。泣けない。私に、泣く資格なんて、ない。
「自分の役目だけはしっかり分かって動くくせに、自分のことになるとあの人はすぐ後回しにする」
姉がそのまま彼の傍にいても、幸せになれないと分かっていたのかもしれない。そのために私を嫁がせて、裏で工作をして、彼と繋がったままにしてくれて、すべきことをして、歴史に名を残して。
「ものすごく、不器用なのかな、兄貴は」
事実、彼の兄はその功績の為に酷く忙しかった。だから、私と彼の兄があまり一緒にいなくとも、不思議に思われなかったのかもしれない。それを逆手にとって、私には自由にさせて、彼の兄は自分で他の女性と子を成して。
「……そう、だね」