あしたのうた
もし、不器用だとしたら。それは不器用にも程がある。
歴史にも残らない、本当の人となり。それを知っているのは、私と渉しかいない、本来ならばありえないこと。
それが現実に起こっている理由。ずっと分からなかった理由。ずっとずっと、考え続けてきた理由。
「ねえ渉」
「ねえ紬」
声が、重なる。お互いの言葉を、言わなくても理解する。
「私たちは、私たち二人のためじゃなくて、私たち四人のために繰り返しているのかな」
私と、姉と、彼と、彼の兄。
その昔、とてもとても複雑な関係をしていた、私たち四人。
その四人がこうもうまく揃ったのは、最初の時代以来初めてのことだ。逆に言えば、最初の時代以降一度も四人がこの関係で揃ったことがなかった。
この時代は、最初の時代を含めると六回目にあたる。繰り返し始めてからは、五回目。回数に意味があるのかどうかはわからない。分からないけれど、別に分からなくてもいい。
ただ、もし、この先も続くのなら。彼と彼女だけではなく、彼の兄と彼女の姉の関係も続くのなら。
それは少し苦しいかもしれないと、初めてそれを実感した。
「……兄貴は、」
ぽつり、と渉が言葉を落とす。口を閉じた私はそれに静かに聞き入るために、そっと瞳を閉じた。
「優しすぎるね、本当に」
そうだね、と返して、後から渉も大概そうだけど、と付け足す。そんなことないよ、と返ってきた言葉をやんわりと否定した。この兄弟は、優しい。それは、これまでを振り返れば明白なこと。
否きっと、私たち全員が優しいのかもしれない。自分のことを言うのもどうかとは思うけれど、私たちはお互いのことを考えて考えて動いている。
それでも、私と彼の基本行動の理由は『お互い』。私は彼、彼は私。それに比べて兄姉たちは、私たち弟妹のことを第一に考えて動いているような気もする。
だから、だろうか。
自分たちのことばかりの私たちに、他もみなさい、というような。とするなら、これは私たち二人のやり直しだけではなくて、兄と姉を含めた四人で幸せになるための繰り返し。
記憶がない、前世と同じ関係の人が近くにいることは、案外苦しい。呼びかけたくても、呼びかけられない。過去に伝えられなかったことを伝えたいと思っても、伝えられない。そもそも『過去に伝えられなかったこと』を憶えている私たちの存在自体が珍しいのだけれど。
でも、そうだとしたら。兄と姉を幸せにするのが、この繰り返しの目的なのだとしたら。
この時代は、平和だ。確かにいつの時代だって明日が確実に来るとは言えないけれど、この時代は今までの時代よりは確実に、『あした』が身近に存在している。だから、自分たちのことばかりではなくて、兄や姉のことも考えやすい。