あしたのうた
「どーしたの、甘えん坊ちゃーん」
「……なんでもないっ」
なんでも、ないよ。ただね、お姉ちゃんには、そのままでいてほしい。お姉ちゃんが幸せになれないなら、私は徹さんに。
────徹さんは、お姉ちゃんのことを知っているのだろうか。
「ねえ、紬」
「んー?」
「渉くんのこと、好きなんでしょう?」
穏やかな声音に、素直にこくりと頷いた。肩を引っ張って倒された先に姉の膝。膝枕は久しぶりだなあ、なんて少し場違いなことを考えながら、姉の言葉に耳を澄ませる。
「後悔しないようにね」
「────おねえちゃ、」
「紬は紬の望む未来を信じて、進みな。後ろにはお姉ちゃんがいるから。運命共同体なら大丈夫かもしれないけど、世の中分からないこともあるから。……ね、紬」
なあに、と応えた声が震えていたのはきっと気のせいだ。それに気づいたかのようにふっとお姉ちゃんが笑ったのも、きっと気のせいだ。
「紬は、好きな人と、幸せになってね」
まるで、自分は好きな人とは幸せになれないとでも言いたげな。
どうして、と叫ぼうとした言葉を止められる。お姉ちゃんが、唇に指を当ててきたから。そんなことされたら何も言えなくなることは分かりきっていて、分かってやっている姉にやっぱり何も言えなくて。
代わりに一言、馬鹿、とだけ呟くと、私は瞼をぎゅっと瞑った。
お姉ちゃんは、馬鹿だ。どういう関係なのか、何があったのか、私には分からないけれど、もっともっと、自分のことを考えたっていいのに。
お姉ちゃんといい、徹さんといい。自分を蔑ろにしてまで他人のことを考えたとしても、考えられている他人は、少なくとも私は、嬉しいよりも悲しいが先に来るよ。
────後悔なんて、しない。
後悔しないためには、お姉ちゃんの幸せも必要だ。私と渉だけではなくて、お姉ちゃんの幸せと、徹さんの幸せと、それらが揃ってやっと私たちは幸せになれる。姉が後ろにいるのではなくて、徹さんと二人、私たちと並んでくれないと困るのだ。
だって、私の、私たちの願いは、『四人』での幸せだから。
誰かひとりでも、二人でも、三人でもなく、四人揃っての幸せ。別に、好きな人と一緒になると言うだけの幸せではなくて、死ぬときに後悔が残らないような、『幸せ』。
渉に言われた。紬の望む未来を信じてと。お姉ちゃんも、同じことを言った。だから、私は信じる。私と彼と姉と彼の兄、四人で幸せになる道を。誰ひとり欠けることなく、笑顔でいられるような平和な日常を。
後悔なんて、したくないから。もう、後悔なんてしたくない。