あしたのうた


これは、姉だけの問題ではないのかもしれない。


荒療治になるけれど、姉と徹さんを会わせるべきなのか。昔のことは、情報がなさすぎる。それに姉一人だけの問題ではなさげな以上、恐らくこの時代でもその可能性は高い。


「……あ、」


と、何かを考え込んでいた渉が何かに気付いたような声を上げた。ぱっと顔を向けると、まだ何か考えている渉が腕を組んでいる。口を開くのを待っている私に気付いた彼は、ふと私を向くと今思い出したんだけど、と前置きをした。


「兄貴────この場合は、中大兄皇子、だけど。多分、叶わない恋、してたかもしれない」

「叶わない、?」

「俺もよくは知らない。兄貴も、言おうとして言ったわけじゃなかったみたいだから。でも、想い人がいるって言ってた。それが誰かまでは分からないけど、確か、絶対に結ばれない、って言ってた」

「中大兄皇子、が?」


それ、は。


中大兄皇子は叶わない恋をしていながら、姉を抱いたのか。もしかして、姉はそれを知っていたのだろうか。知っていて、抱かれて、子供ができて────それでもきっと、姉は、鏡王女は幸せだった。


やっぱりどうしても、お兄さんだけ、幸せな未来が分からない。


姉にはきちんと愛せる旦那がいた。私も彼も、お互いを愛していた。けれど、お兄さんだけ知らない、分からない。


叶わない恋の相手が、一体誰だったのか。徹さんに彼女はいるけれど、果たしてその人はどういう存在なんだろうか。姉とお兄さんは、どうして身体を重ねたのか。中大兄皇子にとって姉は、姉にとって中大兄皇子はどういう存在でどういう関係だったのか。


「……昔のことは、確かめようがないね」

「……そう、だね」


だって、憶えているのは私と彼だけだ。その私と彼が分からなかったら、もう知る術はない。


「この際、『むかし』のこと考えるのやめようか」

「それが、いいのかも。……言い出したの、私だけど」

「いいんだよ、みんなが幸せになれるなら。それに、その中大兄皇子の想い人が鍵になるかもしれないし」

「……うん」


渉の言葉に頷いて、さてどうしようかと思案する。けれど、徹さんも関わっているなら私一人の手には余る。お姉ちゃんと、今度はきちんと徹さんのことについて訊いてみようか、そう考えていると渉がおもむろにスマホを取り出した。


「渉?」

「兄貴、呼ぶ」

「待って!?」


いきなりすぎる。渉ってこんなに行動的だっただろうか。


ストップ、と渉を止める。納得いかない様子の彼に、一度落ち着こうと提案。渋々頷いた渉がスマホをしまうのを見て、私は一度溜め息を吐いた。


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