あしたのうた
「徹さん呼んでどうするの」
「兄貴に織葉さんのこと訊こうかと思って」
「それは、まあ、いいんだけど、今呼んじゃうの……?」
「だって、早めに行動するに越したことはないでしょう。……色々訊きたいことも、あるし」
声のトーンを落とした渉に口を閉じた。色々、の中に、恐らく今の彼女さんとのことも入っているのだろうなということは分かる。そして分かってしまうと、私には止められない。
俺だって、と渉がぽつりと呟く。俺だって今からなんて無理だって分かってるんだよ、と。
「それでも、いても立ってもいられない。焦りは禁物だとは思うけど、いつ何が起きるかなんて分からないじゃん。だから、さ、……怖いんだ」
思わず、と言ったように零れ落ちた最期の言葉に、ぎゅっと眉を寄せる。ごめん、と謝る渉にふるふると首を振って、そっとスマホを取り出した。きょとん、とした様子の渉を尻目に、呼び出すのは姉の連絡先。
そうだね、渉は、そういう人だった。私が信じる代わりに、疑うのが渉の役目だった。
「紬?」
「渉、お兄さん、呼べる? 場所はどこがいいかな……流石にここでは無理だし。移動して、あの喫茶店でいいか」
「……紬?」
「お姉ちゃん、呼ぶよ。こうなったら、強硬手段をとろう」
大分荒療治だ。もしかしたら、お姉ちゃんに怒られるか泣かれるか嫌われるかするかもしれない。でも、あのままお姉ちゃんを放っておくことなんて出来ない。知ってしまったからには、気付いてしまったからには。
だって、渉のお兄さんと関わらないなんて、私の姉である以上無理な話だ。
「……わか、った。ごめん紬、」
「謝らないでよ。……私だって、怖いものは怖いんだよ」
今から私たちがやろうとしていることは、あくまでも私たちのために過ぎない。お姉ちゃんの意思も徹さんの意思も関係なしに、私たちは強制的に二人を会わせようとしている。それが吉と出ても凶と出ても、私たち二人の責任だ。
でもきっと、大丈夫。
信じているから。四人での未来を。私たちのエゴかもしれないけれど、でもあのままじゃあお姉ちゃんはいつまでたっても何かあったことに囚われたまま。
二人でそれぞれ徹さんとお姉ちゃんに連絡を取って、喫茶店に移動する。私たちの間に降りる沈黙がお互い緊張していることを表していて、どちらからともなく手を繋いだ。
四人掛けの席、奥に向かい合って座る。二人が来た時に座りやすいように。二人してカフェオレを頼むと、あとはお姉ちゃんか徹さんが来るまでひたすら無言。店員さんが怪訝そうに見てくるのは分かっていたけれど、話をする気にはどうしてもなれなかった。