あしたのうた


姉がこんな顔をするのを見たことがない。この間、話をした時に泣きそうな顔はしていたけれど。今ほど辛そうな顔をしたのを見たことは、なかった。姉は強がりで、いつも明るくて、お茶目で、妹の私には基本的に弱みなんて見せなかったから。


「────生き残ったのが俺で、」

「ごめん、なんて言わないでください、っ」

「……ごめん、ごめんね、織葉ちゃん」

「謝らないで、」

「……やっぱり俺、帰るよ。ごめんね渉、流石に……」

「妹尾、さんっ」


待って下さい、と姉が呼び止める。立ち上がろうとした徹さんが、中腰のまま動きを止める。


「私、あの日からずっと後悔してます。なんで妹尾さんにあんなこと言っちゃったんだろう、って、貴方は、関係ないのに、って……っ」

「……関係ないなんて、言わないでよ。そんな言葉で俺一人弾き出さないで」

「いもおさ、」

「元々あいつ、長くなかったんだ」

「……え、」

「余命宣告されてた。どのくらいかは教えてくれなかったけどね。あいつ、死にたくないって、言ってた癖に。千緒ちゃんも織葉ちゃんも悲しませて、ほんと何してんだか……」

「う、そ、」


隠しててごめんね、織葉ちゃん。


ぱたり、と音がする。ぱたりぱたりと段々早くなっていく音に、ぎゅうっと痛いくらいに姉の手を握り締める。呆然と徹さんを見つめる姉の名前をそっと口にすると、はっとして頰に手を当てた姉が小さくしゃくりあげた。


「ごめ、なさ、泣くつもり、なかっ」

「いいんだよ。いいんだ、我慢しないで、お願いだから……真幸がさ、言ってたんだ」

「これいじょ、いわれたら、」

「織葉ちゃんはいつも呑み込んじゃうんだろうなって。下に兄弟でもいるんじゃないかって。だからせめて千緒の前でくらいは、泣いてほしいなって」

「まさき、さ」

「織葉ちゃん、泣いて。大丈夫だから、泣いていいから。紬ちゃんの前だからって我慢しなくても、いいんだよ」

「────っ、」


声は漏らさないけれど、ぼろぼろと零れ落ちる涙を拭わずに流し続けるお姉ちゃんに、私はぎゅっと抱きついた。とんとん、と優しくその背中を撫でながら、つられて込み上げてくる涙をぐっと堪える。ここで泣いたらお姉ちゃんは泣けなくなる、だから私は泣いたらいけない。


泣いたら、いけない、のに。


「な、んで、つむぎ、が、なくの……っ」

「だあってぇ……」


泣いているお姉ちゃんを見て、安心した。初めて見る泣く姿に、嗚呼ちゃんと泣けるんだと、ほっとした。


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