あしたのうた
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翌日、一緒に来いと言われていた俺は河原で紬と待ち合わせると、先に着いていると連絡のあった喫茶店へ足を運んでいた。
今日は、織葉さんは一緒ではない。まだ、と言っていいのか、今日は来ないのかは、俺の知るところではない。
「……金木犀の香り、今日からだったね」
すん、と息を吸うと、金木犀の香りが胸いっぱいに広がる。十月一日。今年の金木犀は、十月に入ってから起きる約束をしていたらしい。一年振りに嗅ぐ香りは甘くて、後ろを歩く紬に目を向けるとそっと嘆息した。
今の紬の関心事は、兄貴と織葉さんと真幸くん。合流してすぐ少しだけ話はしたが、口数はやはり少ない。予想していた通りではあったが、自分も絡んでいないとは言えないため、言葉をかけるのが躊躇われた。
真幸くんは兄貴の親友だったから、俺だって知っていたし仲が良かった。一人っ子の真幸くんは、俺のことを弟のように可愛がってくれたから。
だから、二年前のあの日のことを、俺はよく覚えていない。
多分、織葉さんもあの場にいたのだろう。だが俺はほとんど式場にいた記憶なんてなく、気付いたら葬儀は終わっていて、気付いたら真幸くんはいなくなった後だった。だからこの間会ったときも気付かなかったし、昨日の話を聞いて漸く思い出したくらいだ。
その死に、まさか織葉さんが関わっていたなんて。何で、と織葉さんを責めてしまいそうな気持ちと、仕方ない、と言い聞かせる自分が同居している。だって、気持ちはよく分かるから。だからこそ、俺は自分の気持ちをどうしたらいいのかよく分からない。
平年よりも涼しい、とニュースキャスターの言っていた通り、少し冷たい風が頬を撫でる。繋いだ手から伝わる温もりが温かい。吸い込む風は金木犀、さわさわと揺れる木の枝が擦れて音を立てている。
紬は、織葉さんに整理をつけてほしいと言っていたけれど、俺の方こそ折り合いを付けないといけないな、と実感した。あの時のことは心の隅っこに放り投げたまま、今まで手を付けずに放置していた。それも、終わりにしなければならない。きちんと話をするためには。
やっぱり、未来なんて信じるものではないな、と思う。信じられないな、と思ってしまう。
紬はそれを否定しない。それでいいのだと言ってくれる。俺も、それでいいと思っている。けれど時折、信じることができたら、とぼんやり思う。
それでも、真幸くんのように突然訪れる別れは、何度経験したって慣れることのない恐怖の対象だ。
死ぬことよりも、怖いのは約束が途切れてしまうこと。そして彼女と一時的だとしても別れなければいけないこと。