あしたのうた
その、彼女だけだったはずの対象が、変わってくるのかもしれない。否、変わる。だって約束したから、紬の望む未来を信じる、と。紬の望む未来は、ひいては俺の望む未来は、俺たち二人の幸せではなくて、俺たち四人の幸せに変わっている。
喫茶店のドアを開けると、昨日と同じところに座っていた兄貴を見つけて、紬の腕を引いたまま歩み寄る。迷っていると無言で向かいの二つの椅子を進められて、俺と紬は並んで座った。
二人で温かいココアを頼んでから、兄貴に向き直る。窓の外に目を向ける兄貴は、まだ口を開かない。ほんのりと湯気の立つ兄貴の目の前のコーヒーが、振動で小さな波紋を立てる。
「……紬ちゃん」
控えめに紡ぎ出されたのは彼女の名前。俺のことは恐らく後回し、それは分かっていたし気持ちの整理のまだついていない今話しをされても困るだけだ。
持ってこられたココアを一口口に含むと、甘い香りが鼻腔を通って喉の奥へ抜ける。温かい飲み物に、気持ちが少しだけ落ち着く。反対に緊張している紬の手を取ると、その瞳を見つめて一つ頷いた。
「大丈夫です、話、してください」
漸く口を開いた紬が、しっかりと兄貴を見据えていた。
紬から視線を外し、外の風景を眺める。ちらほらと通る人影に、風に吹かれて揺れる木の葉、浮かぶ雲は少し多いが、概ね晴れと言って構わない天気。
「俺から話すのは、間違っているかもしれない。それに、織葉ちゃんから昨日聞いたこともあると思う。それでも、紬ちゃんと渉が俺と織葉ちゃんの関係をどうにかしたいと思ってるのなら、俺は聞く権利はあると、思う」
名前を出されて、兄貴を見た。視線が合って、それから紬に視線を移す。迷いなく教えてください、と言い切った紬に遅れて同意すると、俺は再び兄貴と視線を合わせた。
「兄貴と織葉さんに、この先ずっと苦しい思いをしてほしくない」
「私も。……不思議に思われるかもしれませんが、どうしても、譲れないんです」
この繰り返しを口にするつもりは、毛頭ない。
兄貴と織葉さんに和解、といっていいのか分からないが、和解してほしい理由のきっかけは、確かにこの繰り返しかもしれない。どうして繰り返すのか、その理由を考えた時に思い当たったのが、中大兄皇子と鏡王女だから。
だが、幸せになってほしいと願う気持ちは、決して繰り返しだけの理由なんかではない。そもそもずっとずっと、ずっと一緒にいると約束したのに、繰り返しが解決してしまうかもしれないその理由をなくそうとするなんて矛盾しているだろう。それでも、その不安や恐怖を抑えてでも、俺は二人に幸せになってほしいと思っている。
そうでなきゃ、こんなもしかしたら約束が果たせなくなってしまうかもしれないことのためになんて動かない。未来なんて信じていない、俺が。それでも二人の未来のために動いてみたいと思っている。