あしたのうた


全ては空想論にすぎないだなんてことは、俺が一番分かっている。


それでも、考えてしまうことは許されるだろうか。もし真幸くんが生きていたら。否、亡くなってしまったことは変わらないにしても、もっときちんと悼むことができたのではないか、と。


「渉、ごめん……っ」


泣いている兄貴の声に、ぶんぶんと首を振る。もう、いい。今こうしてきちんと話してくれただけで、これ以上はもう望まない。望めない。


だから。


「謝らないでよ、っ」


本当は、誰も悪くなかった。言わなかった兄貴も、言えなかった真幸くんも、名前を呼んだ織葉さんも、飛び出した千緒さんも。


誰が悪いとか、誰のせいだとか、問い詰めたくはなる。けれど実際は不幸なタイミングが重なってしまっただけで、誰も悪いところなんてなくて。それぞれの選択が間違えていたなんて、そもそも誰が決めるのだと。


「確かに教えて欲しかったよ、そしたらもっと一緒にいられた。っでも、真幸くんは言えなかったんでしょ、言わなかったでしょ、それは分かるし、だったら兄貴を責めることなんて、俺にはできない」


死ぬと分かっていて、大切な人にそれを言わなければならない辛さ。だったらいっそ隠してしまいたい、こっ酷く振って別れて自分のことなんて忘れて、幸せな人生を歩んで欲しい。


俺の時は、流行病だったから難しいけれど。でも、俺だってそういう気持ちがなかったわけではない。その方が幸せなのかもしれない、と考えなかったわけではなかった。


そうしなかったのは、『俺たち』だから。


彼と彼女の関係は、普通のそれとは違う。ここで一時的にこっ酷く振ったところで、繰り返した時に支障が出るだけだ。だからそうしなかっただけで、俺だって普通の、真幸くんと同じ立場だったとしたら、同じ選択をしたと思う。


「そうやって一人で全部背負おうとしないでよ。俺のこと少しくらい頼ってくれたっていいじゃん、……真幸くんは俺の兄ちゃんなんだから、っ」


兄貴とは別の、もう一人の大切な兄。


ねえ、と畳み掛けると、ごめんと兄貴が謝る。その意味が今までとは違うことを察して、ふるふると首を振って否定する。兄貴、と呼びかけると、紬が兄貴を呼ぶ声と重なった。


「話してくれて、ありがとう」

「話してくれて、ありがとうございます」


俺と紬の声が重なる。こくりと頷く兄貴の瞳から、雫が零れ落ちる。


言葉が大切だと知りながら、俺たちは言葉が足りないのかもしれない。一緒にいる時間が長すぎて、相手が大切すぎて。言わなくても分かるだろう、悲しませたくないから言えない。そうやって言葉を飲み込んで、こうして拗れることもある。


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