あしたのうた
「……それで、よかったのですか」
「よかったもなにも、……いえ、貴方と別れたところから、もう私は終わっていたんです」
本当に、心から貴方を想っていたのだから。
しっかりとぶつかった瞳に、強い意志。とても様々な噂をされて、失意のままに死んでいったとは思えないような。
「だから、紬」
呼び捨てにされて、彼が妹尾渉だということに気付く。なあに、とこちらも村崎紬に戻して、ひたりと彼を正面から見つめる。
「ここからは、渉として……妹尾渉としての、言葉になるけど」
こくり、と頷くと、少し表情を和らげた彼が私の頬に手を当てた。その手に自分の手を重ねて、体温を感じる。先程手を掴まれた時は走ったせいか温かかったけれど、冷えた体温が嗚呼渉だなと、何となくそう感じて安心した。
「待たせて、ごめん。我慢させて、ごめん。時代が変われば同じことだからって言われるかもしれないけれど、待っていてくれて、ありがとう」
つ、と目尻から零れていった雫を、渉がそっと掬い上げた。もう辺りは暗く、近づいている彼を見るのが精いっぱいの明るさ。冷たい風が私の頬を撫でて駆け抜けていくのを、強く感じる。
約束を、した。全て思い出したら、と、約束を交わした。
ずっとずっと、ずっと昔から待っていた言葉。ずっとずっと、ずっと昔から欲していた言葉。
当子の頃も、しんの頃も、文の頃も、晶子の頃も、欲しくて欲しくて堪らなくて、けれど結局もらえることはなかった、言の葉。
「紬」
ねえ、渉。
ここまで長かったね。長い長い道のりだった。泣いたことも笑ったことも、辛かったことも楽しかったことも、ひとの倍以上経験した。
私たちが繰り返している理由は、仮説は立ったけれど結局はっきりしないまま。これから先も、理由が分かることは恐らくないのだろうけれど。
この時代では、きっと初めてのハッピーエンドを迎えることができるのだと思う。だからといって、これが最後だとは私は思いたくない。
「紬。俺と、妹尾渉と一緒になってください」
はい、と言ったはずの音は声になっていただろうか。ぱたりぱたりと零れ落ちる涙に、視界を塞がれる。必死でそれを拭いながら彼を見上げると、私は渉、とその名を呼んだ。
「これからも、ずっとずっと、ずっと一緒にいてください……っ」
今まで話せなかった約束。今なお果たしている途中の、約束。
「勿論、いつまでも」
未来を信じるのは、私の役目だ。そんな私を信じてくれるのは、いつだって彼だ。