あしたのうた
「渉、あまりお祭りとか来ないの?」
「うん。人混みって得意じゃないから。……今日は来てよかったと思うけどね」
「そっか」
ぱちん、と輪ゴムの跳ねる音がする。少しだけ嬉しそうな表情をした紬が、綺麗に割り箸を割った。
同じように、『前』もこの場所で二人並んで座っていた記憶がある。『前』は何か食べていたわけではなくて、単純に人混みを避けて見つけたのがここだっただけだ。
本来なら、並ぶ、なんてこと、あの時代の男女ではありえないのだけれど。だからこそこんな人のいないところに迷い込んで、二人で並んで座るだけだった、そんな記憶。
「紬、『前』のこと憶えてるんだ」
「憶えて、るよ。……今考えたら、よくあんなこと出来たね。抜け出したわけじゃないけど、私も聡太郎様もお付きの人の目を盗んでここに来て」
「あの時代、男女が並ぶことってなかったからねえ。……今ってすごく平和だね、そう考えると」
「そうだね。手なんて、繋げなかったから」
それきり黙りこんで、二人で焼きそばを頬張る。あの頃の話をするのが、正しいことなのかよくないことなのか、分からなくなってしまったから。
思い出話、のようなものではあるように思う。俺や紬からしたら間違いではないけれど、他人からしたら────例えば疾風あたりに言ったら、それは違うと全力で否定されそうだ。
絶対に言うようなことはないけれど。紬がいるのだから、他のひとに言わなくても構わない。
焼きそばの量はそこまで多くなく、フライドポテトとフランクフルトまで片付けた俺と紬は、ゴミを一纏めにするとどちらからともなく距離を縮めた。
「涼しくなってきたね」
「昼間よりはね。でも浴衣、暑くない?」
「まあ、暑いけど。でも、折角一緒にいるんだもん」
「……そっか」
それは、紬としてだろうか、文としてだろうか。
やっぱり、今世と前世を分けて考えられていないのかもしれない。分けて考えるなんて、難しいのかもしれない。
重ねるつもりはなくても、こうして紬と離れられないことが、何よりも真実を語っているように思えた。
だって、俺と紬は付き合っているわけではないのだから。
「……私もね、人混み、苦手だよ」
「……紬も?」
「うん。賑やかなのは、嫌いじゃないけど、でも、どうしても。……人混みって、なんか、怖くて」
「怖い、か」
「うん、怖い」
紬の言葉を繰り返すと、頷いた彼女がまた言葉を重ねる。怖い、という表現は思ってもみなかったもので、どうして、と問いかけると紬はいきなり押し黙った。