あしたのうた
その反応に、嗚呼俺の思い出していない前世の記憶の中に何かあるのだな、と感じる。ごめん、と謝ると謝らないでと即座に返してきた紬の頭をそっと撫でた。
謝るのは心の中。自分を責めるのも。
あんなに過去も記憶も信じていない自分が、前世の記憶が思い出せず自分を責める日が来るなんて、思ってもみなかった。
「ひとりにして、ごめんね、紬」
「ほら、また謝る」
「……待っててくれて、ありがとう」
よくできました、と笑って俺を見上げてくる紬に、つられて俺も笑う。
恐らくこれからも何度も謝ることになる。だって、絶対的に思い出せない俺が悪いのだから。どんな理由があるにしろ、紬ひとりに、文ひとりに、全て背負わせるのは俺としても聡太郎としても避けたい事態。
蒸し暑い空気とは対照的にひんやりとした冷たさを、石段が伝えてくる。石段に手を置いて冷たさを感じていると、汚いよ、と言いつつも紬が自分の手を乗せてきた。
その温もりを感じながら、空に視線を向ける。もうすっかり暗くなった空には星が浮かんでいて、表通りから漏れる明かりがはっきり光る星を霞ませていた。
人工の明かりが当たり前になっている時代。そういえば落ち着いて星空を見上げる機会が少なくなった、と思った。
まず、夜中でも街灯やコンビニの光が明るくて、本当の星空、を見られる場所が少なくなってきているのだが。少なくとも今夏祭りで賑わっている表通りがあるからこの場所では無理だし、地元も団地で夜は街灯が煌々としている。
危ないのはわかる。それはどの時代だって変わらない。けれど昔は出歩かないことを選んで、今は明かりをつけておくことを選んだ。
それも、今と昔の違い。決して重ならない、今と昔の変化の一つ。
「星、見たいね」
「……うん」
「なに驚いてるの?」
「今俺もそれ考えてたから」
ぽつり、と紬の落とした言葉に驚きながら肯定を返す。空から俺に視線を移した紬が、こてん、と首を横に倒した。
ちらりと紬に視線を向け、それだけ口にするとすぐに空に戻す。ふふ、と密やかに溢れた笑い声に、なぁに、と声を落とした。
「星、見に行こうか」
「え?」
「こっち」
立ち上がった紬が俺の手を掴む。急かすような紬の後を、慌ててゴミを拾って追いかける。からんころん、と音を鳴らす紬の下駄の音が静かな暗がりに響いて、まるでどこか違う世界へ誘うような。
────実際、そうなのかもしれない。