あしたのうた
お盆は今日から。もうあの世の人々が帰ってきている頃。あの世とこの世の境目が、普段よりあやふやになる時期。そういう体験をしたことがあるわけではないけれど、もしかしたら、と考えてしまうのは、紬と出会ってから色々と変わってきているからだろうか。
どんどん神社の奥に進んでいく紬の足取りには迷いがない。砂利に時折足を取られるような素振りを見せる紬が心配になる。それでもなにも言わず掴まれた手はそのままに、紬の下駄とは違って運動靴の俺は危なげなく着いて歩く。
神社の裏手に回ると、表通りの明かりはほとんど届かず、月明かりがぼんやりと辺りを照らすだけになっていた。夜半神社の裏に来るもの好きなどそうそういないためか、街灯ひとつない。とうとう砂利につまづいて転びかけた紬の腕を慌てて掴んで支えると、ありがとう、と落とされた言葉に小さく溜め息を吐いた。
「空は、逃げないから。まだほら、雲だって見えないくらいでしょう、……って」
ね、と同意を求めて見上げた空に、思わず息を呑む。隣で溢れた笑い声に気づいたけれど、それより目の前の情景に心を奪われて。
「綺麗でしょう?」
得意げな紬の声に、ただ頷くしかできなかった。
生い茂る木の影から、一面星空がぱあっと広がる。雲ひとつない、表通りの明かりも入ってこないようなこの場所は、住宅地の煌々とした明かりの中見るよりも星ひとつひとつがはっきりと見える。さわさわと風で揺れる木の枝が空をちらちらと隠しては見せ、その度に溢れてくる明かりは、どんな人工の明かりよりも柔らかく優しいものだった。
「……この場所、」
「『前』は知らないよ。私がたまたま、小さい頃に迷い込んで見つけたから」
「……そっか」
「ずっと、連れて来たかった」
よかった、と内心落とした言葉は気付かれているだろうか。
いつの間にか解かれていた手を繋ぎ直すと、きゅ、と紬が軽く力を入れてくる。身を寄せて空を見上げる紬の頭をそっと撫で、俺もまた同じように空を見上げる。
小さい頃から、このお祭りに来ていたということを知る。物心ついたときから、もう記憶はあった、と言っていたのを思い出す。つまり、この場所を見つけたときには文のことも聡太郎のことも知っていたということで。
その頃からずっと、この場所に俺をと、そう想っていたのだろうか。
その気持ち自体は、とても嬉しいのだけれど。それだけ紬を、文を縛り付けているのだということに気付いて、握る手に力を込めた。
そう。前世の記憶を思い出すということは、少なからずそれに縛られてしまう、ということだ。
それに気付いていなかった。前世の記憶と、そして実際前世での許嫁が同じ時代同じ場所に生まれ変わっていて出逢えた事実。それを受け入れるのに精一杯、とはいかずとも、それらに心を取られてそこまで考えている余裕がなかったのはごまかせない。