あしたのうた
「……本当に、一緒に来られるとは思ってなかった」
それでも。嬉しそうに目を細める紬に、縛られているなんて言えるわけがなかった。
「紬、ありがとう」
「ん?」
「ここ、教えてくれて。……連れてきてくれて?」
「なんで疑問符ついてるの」
「なんとなく?」
くすり、と笑い声を漏らした紬に、入れていた力を抜く。それでも繋がれたままの手は、この時間になると温かく。ひんやりとした空気とは対照的に、安心できる温もりは、いつまでも感じていたくなる。
「ねえ渉」
「んー?」
「そろそろ、帰ろうか」
「……そう、だね」
少し名残惜しそうに、紬が時間を気にしながら言った。繋いだ手とは反対の腕につけている時計を見ると、時刻は、もう夜の九時を回ったところ。
お祭りは九時まで、まだ表通りの方角がうっすらと明るく見えるのは片付けをしているからだろう。表通りの明かりが消されたら、元々周りの明かりが乏しいこの場所は真っ暗で、本当に月明かりと星明りだけになってしまう。
それもまた、一興だろうけれど。いくら生まれ変わりで前世の記憶を持っていようと、俺と紬はまだ高校生で、夜遅くまで出歩いていられるわけではない。
繋いだ手はそのまま。俺も紬も、離そうとはしない。
転んで怪我をしたら困るから、もう涼しくなってきたから人の体温が恋しいと、そう心の中で理由付けて。
二人並んで元来た道を歩く。からんころん、と鳴る紬の下駄の音が、暗闇に響いて消えていく。
「あ、そうだ」
ぽつりと落とされた声。それを拾って俺が首を傾げたのを見て、紬があのね、と続ける。
「百人一首の大会のことなんだけど」
「嗚呼、うん。どうした?」
「考えてみたら今年の大会、終わっちゃってるの。昔からそこまで強いわけでもなかったから……年明けに大会、とまではいかなくてもまあそれに近いのはあるから、それ見に行く?」
「紬がよかったら」
少し先の約束。訪れるか分からない未来の約束。
約束自体が未来のものだけれど。過去に対して約束などできないし、未来のことだからこそできる約束。普段未来を信じていない俺でも、約束というものをせずにこの世の中を生きていくのは、案外難しい。
約束、が、当たり前にある世界。それは、俺たちが────聡太郎たちが生きていた時代とは、別の意味で。
あの頃も約束はあった。けれどあの頃の約束は、願望的な意味を持つものでもあった。