あしたのうた


「うん、俺も、一緒」


同じだよ、紬。俺だって、聡太郎、なのだから。


「辛いか辛くないかは分からない。だってこうして生まれ変わるくらいだから、辛い思いをしてきたのかもしれない。幸せなだけで、生まれ変われたのならそれ以上嬉しいことはないのかもしれないけど。でもね、紬。文が思っているのと同じように、俺だって……聡太郎だって。ちゃんと、思い出したいと思ってる。何があったのか、どうして文が、哀しそうな顔をするのか」


気付いている。文、もしくは聡太郎としての『最期』の話をするたびに、その表情が何とも言えないような、寂しそうな哀しそうな、苦しそうな顔をすることに。


俺は、渉で、聡太郎。渉と聡太郎が同一人物だとは言わない。けれど俺は確かに渉でもあるし、聡太郎でもある。それと同様に、紬だって紬でもあるし、文でもある。


それはきっと、紬の方が分かっている。分かっていて、それでも不安なのだろう、ということに、今漸く気付いた。


同じ、転生者、という言い方が正しいのか分からないが、前世の記憶を持つ生まれ変わりと関わるのが、恐らく初めてで。それが尚且つ自分と同じ時代、寧ろ許嫁であったというのだから、何があったのか紬は全て知っている。


だから不安なのだ。何があったかを知っているから。これから俺が思い出すことを、紬は、文は、知っているから。


一体どこまで踏み込んでいいのか。それが分からなくて不安になってしまうのだろうと、何となく理解して。その心配が間違いだということを、俺は伝えることができるだろうか。


「文のせいでも紬のせいでもない。もし思い出させて悪いと思ってるなら、今日ここに連れて来なければと思ってるなら、それは間違いだよ。確かに最初は戸惑ったし、俺って何故か過去とか記憶とか未来とか信じてないから、どうしてとも思ったけど。でも、今は。思い出した今は、連れてきてくれて、思い出すことができてよかったと思ってるし、多分連れて来られなくても、いつか必ず思い出していた」


紬と出逢った時の、違和感。あの何とも言えなさ。


もし今日この場所に来なくても、紬が少し強引に思い出させようとしなくても。


俺は思い出していた。気付いていた。


紬が文だということに。俺が聡太郎だということに。


いつも見る夢を、憶えていることはないけれど。耳元で声が響くようになったのは紬に出逢ってからで、ということは恐らく、紬に出逢った時点で全ては決まっていたこと。


「思い出した今なら、思い出せなかった今までの方が、苦しい。文ひとりに背負わせてしまっていたことが、申し訳ない。紬だって俺だけが最初から全て知っていて、あとから思い出すなんて嫌でしょう?」


嫌だ、と紬が即答する。いつの間にか歩みは止まっていた。紬が俺の胸に顔を押し付けてくるのを止めずに、その背中に手を回す。じんわりと染みてきた冷たいものの正体には、まだ気付かないふりをした。


「ねえ紬。思い出させてくれてありがとう。俺にも背負わせてくれて、ありがとう。まだ記憶、中途半端だけど。折角俺も思い出したんだから、ひとりで全部背負おうとしないで、俺にも分けてよ」


< 41 / 195 >

この作品をシェア

pagetop