あしたのうた
小刻みに頷く紬の頭をそっと撫でる。ひくっ、と隠し切れなくなった嗚咽を漏らしながら、紬が更に強く顔を押し付けてきた。
とんとん、と背中を撫でながら、更けていく夜を眺める。星を眺めていた場所より表通りに近くなったこの場所でも、ぽつりぽつりと明かりが消えていく。
謝らないで、と紬は言う。それを分かっているから、俺だって滅多やたらと口に出すことはしない、と決めた。
けれど。こうして泣いている姿を見ると、口を突いて出てきそうで。俺の中で文ひとりに長い間背負わせてしまっていたことは、思っていたよりも許されないことだったのだと。
「────み空行く、」
震えた声で落とされた紬の────否、文の言葉に。思い当たるうたを見つけて、その後が紡がれるのを待つ。
ひく、としゃくり上げて、呼吸を整える文が、より一層強く俺の服を掴んできた。
「月の光に ただ一目」
────相見し人の 夢にし見ゆる
────空を行く月の光でただ一度だけお会いした人が、夢に出ていらっしゃるんです。
それは一体、誰に向けてのうたなのか。
「すみません……聡太郎、様」
謝る言葉は聡太郎へ向かうもの。抱き締める腕に力を込めて、俺は紬をきつく縛り付ける。
「文」
文。泣かないで。
脳裏を、今紬が着ている浴衣ではなく、綺麗な着物を身に纏った、恐らく文の姿が過った。
「そうた、っわたるごめっ」
「……いいから、泣きたいなら泣きなよ。俺はちゃんとここにいるよ、文」
「……っ、そうたろうさまっ」
どうして文がここまで泣いているのかが分からなかった。そしてそれが分からない自分が、聡太郎が、嫌になりそうだ。
俺の名前ではなくて、聡太郎の名前を呼んで、文が、泣きじゃくる。あの時代では到底許されそうにないくらいの激しい泣き方は、確実に何かあるということしか分からない。
文、ふみ。泣くな、文。
自分の中の聡太郎が文に声をかける。届いているのか届いていないのか、文は全く泣き止む様子を見せず、強くつよくしがみついて────縋り付いて。
これはきっかけにはならないのか。何かを思い出す気配はあれど、その先に続きそうなものは何もない。
今日は聡太郎のことを思い出せたから、それ以上はいいというのだろうか。こんなにも、文が一人で抱え込んで苦しんでいるのに。俺は、聡太郎は、なにもしてやれないのか。
ままならない。うまくいかない。
文に逢うことができてこれ以上ないくらいに嬉しい、その感情は確かに渉の中にもあるのに、それ以上に考えてしまう。