あしたのうた
「あ、渉。ごめん、待った?」
「ううん、丁度今改札出たところ。紬直ぐに見つけられたからよかった。紬こそ少し待ったよね? ごめんね」
「渉にこっちに来てもらうんだから、そのくらいどうってことないよ」
こっち、と渉の手を引いて、来た方向とは反対方向に歩いていく。素直に手を引かれてくれる渉には、駅だと知り合いに遭う可能性があるから、穴場の喫茶店に行くということを伝えてあった。
ひとに見られるのは、困る。彼氏でもなく親戚でもなく、かといってどう知り合ったのかということを聞かれてもどう答えたらいいものか。文化祭で、と言えばいいのかもしれないが、それだけでこうして会う関係になるのかと勘ぐられても迷惑だ。
「会うのは久しぶりだね。学校、どう?」
「やっとみんなも通常運転に戻ってきたかな、って感じかな。今月末試験だから、それに向けての勉強もあるし。渉は?」
「俺も同じような感じ。あとは疾風が紬とのこと、訊いてくるのが少し面倒だなあ」
「答えようがないもんね。そういう関係にあるわけでもないし。私は天音がそこまで渉のこと見てなかったから助かってるけど、きっと知られたらそっちと同じことになりそう」
「疾風と天音さん? って似てそうだな、って思ってた」
くすり、と笑いながら零した渉の言葉に、私もつられて笑みを零す。確かにあの二人は前世を考えてみても似ていたな、と。
どの時代にもいたわけではなくて、この時代でいう天音しかいない場合と、疾風しかいない場合と、二人ともいる場合と、二人ともいない場合があった。二人いたとしてもお互い面識が必ずしもあるわけではない。今回だって接触が少なかったから詳しくは分からないが、多分面識はないはずだ。
「束野さんと天音が知り合ったら騒がしくなりそう……」
「俺、まだ天音さんのことよく知らないけど、多分そうだと思う……」
「あの二人はできるだけ接触しないでほしいね」
「まあ、する機会も早々ないと思うけどね?」
それは確かに、と頷いて、私は少しこわばった表情をした渉に視線を向けた。私が見ていることに気付いた渉が、今度は苦い笑みを見せてくる。
なんとなく、悟った。嗚呼きっと何か思い出したのだな、と。
紬、と名前を呼んできた渉に手を伸ばしかけて、自制する。この場所は二人きりではなくて他のお客さんもいる、人の目がゼロではない喫茶店で。話をするだけならともかく、目立つような行動は避けた方がいい。
だから、代わりに、渉、とその名前を口にした。
向かい合わせの席が、遠い。隣にいれば手を伸ばすことができるのに、それができないもどかしさ。
「渉」
渉。今度は何を、思い出したの。思い出せたの。
「────清吾、って」