あしたのうた


そうやって挙げていけばきりのない、いくらでも出てくるような夢の数々。それらを集めるだけで物語にでもなりそうな夢が、世の中には溢れている。


けれど、私たちが勝手に突拍子もないと思っているだけで、夢の中の彼らからしたら私たちの方が突拍子もないことをしているのではないだろうか。


私たちはずっと時間が流れている空間を生きていると、感じている。だがそう感じているだけで、実際は時間が止まっていることだってあるかもしれない。もしくは、私たちが見る夢の中の現実が本当にあるとしたら、その現実の時間も私たちが見ていない間は止まっているのだろうか。


同じように流れている世界を、少しだけ覗いている、と考えた方が、しっくりくる。


それこそ、パラレルワールド。夢で少しだけ、他の現実の生活を覗いているような感じ。だから決して並行世界に生きているわけじゃなくてこの現実に存在するけれど、たまにお隣さんやご近所さんの生活を見てしまっている、というような。


または、私たちの現実が本当は夢で、夢の中の現実が本当なのかもしれない。私たちが本当だと思って必死に生きている現実を、夢の中の人々も見ていて、不思議に思ったり滑稽に思ったり笑ったりしているのかもしれない。


お互いにお互いを夢だと思って、笑い合っているのかも。私たちだって、突拍子ない夢だったって、友達に笑い話として話して笑うでしょう?


結局私は夢についてどう考えているのか。


別に、私たちがいま生きている世界が本当だろうが偽物だろうが、それはどうだっていい。考えるのは、夢の中の世界が本物だということ。夢の中の世界こそが、本当の世界だとしたら、ということ。


私たちがいま必死になって生きている世界が実は偽物だなんて、下手な恋愛小説より面白い。その恋愛小説だって、偽物の世界のものなのだから、嗚呼、そうしたら下手だって仕方ないのかもしれない。だって私たちはあくまで偽物で、本物ではないのだから。


私たちの常識と、夢の中の現実の人々の常識が、同じだとは限らない。彼らには彼らの常識やルールがあって、それは私たちとは正反対のものなのかもしれない。


夢の中の現実が本物だとするのなら。きっと誰だって夢の中で殺したり殺されたりという経験をしているでしょう、それが許される世界であるのかも。だから目の前で誰かが死んでも悲しいと思わなかったり、誰かを殺しても捕まるとか罪を犯したとか思わなかったり、誰かに殺されてもその事実を受け入れられたりするのかも。


実際は、知らない。これはあくまで私個人の考えであって、本当はどうなのかなんて知ったことではないけれど。


私たちの生きているこの現実ですら、個人個人常識やルールの認識が違うのに、違う現実を生きている人々からしたらまるっきり違うなんてこと、当たり前に考えたって遜色ないことでしょう。それとも、私たちの生きている現実で個人個人の認識が違うなんてことはないと、言い張るのか。


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