あしたのうた
私と彼の、当たり前。ずっとずっと、ずっと昔から長い目で見た、当たり前。
私の隣に彼がいる。彼の隣に私がいる。それはいつだって当たり前で、そうではない未来なんて考えたことがないくらい、私と彼にとっては『ふつう』のことだ。
それでも、いつの時代も言葉をくれる彼は、そして私だって。
言葉の、大切さを、身を以て知っている。
「後れ居て、恋ひつつあらずは、」
────後れ居て 恋ひつつあらずは 追ひ及かむ 道の隈廻に 標結へ我が背
────あとに一人残されて、あなたのことを想っているよりは、あなたを追いかけて行きます。だから、道のかどかどに印をつけてください、皇子さま
天武天皇の娘である但馬皇女が、異母兄弟である穂積皇子に贈ったうた。高市皇子に嫁いだ但馬皇女だったが、穂積皇子への恋心は消えずに、死ぬまで彼のことを想い続けたと言われている。
この時代、異母兄弟で結婚をすることは珍しいことではない。現に、但馬皇女と高市皇子も異母兄弟だ。けれど、嫁いでしまったからには本来はその恋心をうたにすることすらも戸惑われるもののような気がする。にも関わらず、何度もなんども穂積皇子への恋を詠い続けた彼女は、一体どんな気持ちだったのか。
「どこまでも、追いかけるよ」
きっと、ただそれだけだったのだろう、と。
渉から離れて、視線を合わせる。うん、と頷いた渉が、ふっと頬を緩める。
「俺も、追いかけるよ」
私もうんと頷いて、渉と同じように笑った。
渉が拾ったペットボトルを受け取って、空いている方の手で渉と手を繋ぐ。恋人繋ぎ。この繋ぎ方は初めてかもしれない、と思いながら、また渉と視線を合わせる。
「肩書きは、カレカノ?」
「表向きはね」
「……運命共同体」
「うん、そう」
そっか、と応えた声は、自分でも弾んだものだとわかる程。くすり、と笑った渉に気付き、抗議の意味を込めてぶんぶんと繋いだ手を振る。
「でも、運命共同体なんだから追いかけなくても同じかもよ」
「そう、かも?」
「そうだよ」
「ねえ、渉」
ぴたり、降っていた腕を止める。反動で揺れる身体をいなした渉が、ん? と私を見下ろす。
こうして落ち着くと、この間感じた違和感を思い出した。
時代の流れが、事実を変えてしまうということ。それを、私は身を以て知っている。そして知識から導き出している、一つの仮説。この違和感に関わっているのかはわからないが、引っかかっていることの一つではある。