あしたのうた


***


週明け、月曜日。


「渉、スマホ見てばっかだな! 彼女かよ!」

「……うん」

「えっマジで」


帰りのホームルームが終わった後、早々に疾風に捕まった俺は、音の鳴らないスマホとにらめっこをしていた。


紬を送ったのが、先週の水曜日。あの日兄貴に逢ってから、紬の様子はおかしくなったように感じて、それ以降連絡は取れていない。


「渉いつの間に彼女なんか……まさかあの子か!」

「疾風、うるさい」

「なんかあったのかよ、いつもより静かだな渉くーん」


何もおかしいことはなかった、様に思う。ただ紬を家まで送って、その途中で兄貴に逢った、それだけ。カレカノ、という表向きとしての関係にはなったし、約束も、言いたいことも言い合って。その中に何かおかしなことがあったとは思えないし、何より、紬自身が、連絡が取れなくなることを怖がっていた節があったのに。


その紬から返事が返ってこないということは、何かあったとしか考えられない。


問題はその内容で、例えば紬自身の家庭事情だとしたら俺が首を突っ込めるものではないし、それ以外、例えば『記憶』のことだったとしたら……そもそも、紬の問題ではなく俺の問題になる。


だとするなら、問題は紬にではなく俺にあるのだろうか。まだ思い出せていない記憶は山ほどあって、先週帰り際に紬が言っていた「待ってる」という言葉もそれに対するものだと考えている。それが間違っているのか、それともあっていてもっと他に原因があるのか。


何も分からないことが、こんなにももどかしい。


少しずつ、記憶は取り戻している。紬に逢ってから、その速度は急速に、確実に、早くなってきている。


水曜日に会ってから、また一つ。時代を遡って思い出して行っているような気もするが、順番なんてどうだっていい。ただ思い出すことさえできれば。だって、いつまでも紬を一人にはしておけない。


紬が、約束を破るような人じゃないことは分かっていた。だから、きっと明後日はちゃんとあの河原にいる。来週の水曜日に、河原でと、約束をしたから。


その前に、動いてもいいのだろうか。俺はまだ紬のことを知らない。下手に動いて何かあっては、と考えるとどうしても動けなくなってしまう。


そもそも、こんなに密に連絡を取り合える環境なのが初めてなのだ。今までずっと、一往復するのに何日もかかるような環境にいたから、このくらい、と思ってしまうことだって、ないとは言い切れない。


< 88 / 195 >

この作品をシェア

pagetop