あしたのうた
それでも、何かが引っ掛かる。
兄貴に逢ってから、紬の行動はどこか変になった。ということは、原因は兄貴、にあるのだろうか。それもいまいち断定しきれない。紬は兄貴のことを知らなかったはず、────この、時代では、だとしたら。
「……たる、わ……」
けれど俺の知る限り、清吾にも聡太郎にも、最近思い出したばかりの高治にも、兄はいなかったはずだ。確かにあれは兄貴だ、この時代の妹尾徹だ、と思う人はいる。だがそれは兄ではなくて一介の同僚だったり、はたまた遠い親戚だったり。
「わた、……るー……」
やっぱり、分からない。兄貴に紬のことを訊いてみようか。知っているわけもないだろうが、万が一、ということもあるだろうし。
「……たる、渉!」
ずいっと目の前に疾風の顔が現れて、反射的にその顔を上から叩き落とすと顎がぶつかったごん、という音がした。
「いった! 何すんだよ!」
「急に目の前に現れる疾風が悪いでしょ」
「はあ? 俺ずっと渉のことよんでたんですうー渉が変じてくれないから顔を近づけてみたんですうー」
「それで、何の用?」
「渉クン冷たい!」
「俺帰るね、ばいばい疾風」
「ちょっと待てよ渉! ふざけたのは謝る!」
荷物を纏めて帰ろうとしたのを、全力で阻止された。すっと真顔で疾風を一瞥し、大仰に溜め息を吐いて椅子に座り直す。俺の顔色を窺いながら前の椅子を引いて逆さに座った疾風が完全に尋問体勢なのを感知して、逃げようとしたが手遅れ。
「はあい捕獲ー、誰が逃がすか」
「……手短にどうぞ」
こうなっては逃げ出そうとする方が長引くのは知っていたので、素直に受けることにした。
ずいっと顔を近づけてくる疾風が、わざと上目遣いに俺を見上げてくる。ふざけるのやめたんじゃないの、という意味を込めて額を指で弾いてやると、大げさに痛がった疾風が身を引いた。近すぎだったのでちょうどいいくらいである。
「おふざけは」
「やめますもうしません」
「……で、何? 早くしてよ」
「……だって、お前がぴりぴりしてるから」
「ぴりぴり、? ……してる? 俺が?」
てっきり紬のことについて訊かれると思っていたから、拍子抜けした。
おう、と頷いた疾風が、机に背中を預けて俺をひたりと見つめてくる。ぴりぴりしているなんて、初めて言われたその言葉が、どこか自分の中に突き刺さった。
「何か焦ってんのは分かるんだけど、何をそんなに焦ってんだよ? んで、何をそんなに隠してんの?」