あしたのうた
隠して、いる。
その言葉に、はっとする。気付かれて、いたのだろうか。否何を隠しているかまでは分かって以内だろうし検討だってつけられないと思うが、それでも何かを隠していることは気付かれていたのか。
どう答えればいいのか、答えに窮して、口を閉じた。先程まで、じゃれ合っていた時とは空気が違う。
焦っている。それは多分、紬と連絡が取れないことで。隠している。それは明らかに、『記憶』についてのことで。ぴりぴりしているのは、恐らく、その両方に関わっている。
「なあ、渉」
「……隠してることは、ある。でもそれは言えない。疾風にだけじゃなくて、これは他の誰にも」
紬は、誰にも言わずにここまで隠してきた。それなのに、最近思い出したばかりの俺が言っていいわけがない。
ずっと、そうやってきたのだ。周りに隠しながら、紬と二人、小さな世界を築いて、二人で生きてきた。
それを今更俺が壊せるわけがない。この先もずっと。それは直接交わした約束ではないけれど、無言のうちの決まり事。本能のうちに理解していること。
いくら疾風だろうと、言えない。そういう意味を込めて言外にこれ以上の言葉を重ねることを拒絶する。疾風は、そういった空気には聡い。それが分かっているから、あえて、もう一度否定をすることはしなかった。
「……言えねーんなら、それはそれでいい。無理矢理訊く趣味もねえしな。けどお前、それでいいのかよ? 多分、村崎さんのことだろ?」
「……さあ、それはどうだろう?」
「おめーと腹の探り合いするつもりはねえっつの、今のは口が滑った忘れろ。お前はさ、排他的なところがあるんだよ。俺はそれを心配してんの」
排他的。
初めて言われた、けれど納得する。だって、記憶を過去を未来を信じていないのだから、他人と仲良くできるわけもない。疾風がこうして構ってくることの方が珍しいのだ。それさえなければ、俺はひっそり隅っこで生きて、紬と出会って、紬以外との思い出というのを作らないままに死んでいった、かもしれない。
疾風がいるから、俺は多分ここにいることができているのだろう。疾風がいなかったら、もしかしたらこうして悩むことさえなかった。
ふいに、一つ前の時代で俺より一足先に特攻で命を散らした、たった一度話しただけの男を思い出した。
「お前も村崎さんも、他人を寄せ付けなさすぎる。多分、二人の中では通じ合ってるんだろうけどさ。天音から聞いてると思うよ、二人だけの世界を作ってて寧ろ二人だけでいいと思ってそうだ」
そうだろうか。否、そうだろう。紬も俺と同じだから。お互いがいればそれでいいのだから。
けれど、それは違うのだろうか。俺と紬、つまりは彼と彼女。二人だけで、お互いしかいない世界で生きていこうとしている俺たちは、間違っているのだろうか。