コクリバ 【完】
考えないようにしていたのに途端に頬が熱くなって、スケッチブックに向かった途端、鉛筆が指から転がり落ちた。

「奈々。動揺し過ぎ」
隣りでゲラゲラ笑う絢香に更に恥ずかしくなる。

鉛筆を取りに行こうと立ち上がると、まだ小学校には行ってないような小さな女の子が私の鉛筆を拾ってくれている。

「ありがとう」
「何してるの?」

女の子が真っ直ぐに私を見て聞いてくる。
くるっとした綺麗な目。

「えっとね。お絵かきだよ」
絢香が背後で「ぶっ」と吹きだしている。
もう……

「すーちゃんね、ハートかけるよ」
「ハート?」
「うん。かいてあげよっか?」

すーちゃんと名乗ったその子は、私のスケッチブックに鉛筆でハートマークを描いてくれた。

「すーちゃん、ハート上手だね」
「うん。ハートはね、とっても大切なんだよ」

ドキリとした。

こんな小さな女の子から、まさかそんな哲学的な言葉を聞くとは思わなかった。

「すーちゃん、何歳?」
「4歳」
「幼稚園?」
「うん。お兄ちゃんは小学校」

小学校と言ったときの顔が得意気だ。すーちゃんはお兄ちゃんが好きなんだね。

「すみれー」

どこからか女の人の声が聞こえると、すーちゃんは鉛筆を私に返して走っていった。
私のスケッチブックには同じようなハートが2つ並んでいる。
その拙いハートに触れると胸がポカポカとしてくるようだった。


この時に感じた子供の不思議な力を忘れられなかったから、この後、今の職業を選んだんだと思う。
そう言う意味ではすーちゃんは私の恩人だ。
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