コクリバ 【完】
私は初めてラブホテルというものに入った。

そこは聞いていたのと少し違って、簡素で清潔。ベランダもついていて、外には川が見える。
お風呂もガラス張りではなく、真っ白でジャグジーまでついていた。
少し広めのその部屋にはカラオケやゲームまで置いてあって、その行為をするためだけの部屋ではないって言っている。

ただ部屋の真ん中には大きなベッドが一つあって、周りに鏡は無かったけど、やっぱりそれを見ると緊張した。

先輩は左頬をあげて私を見ている。

ニヤリと笑ったあと、
「気に入った?」
答えは知っている聞き方。

「先輩。ここ来たことあるんですか?」

悔しかったんだと思う、先輩のその余裕な態度が。
私だけが落ち着かないでソワソワしているのもなんかイヤだった。

「ない。俺も、今日が初めてだから……」

ウソだと分かる言い方。だって目が笑っている。
口元も笑いをこらえているように口角が上がっていて、
来たことがあるんだ。
これだけカッコよかったらモテるよね。

今更どうしようもないけど、先輩の昔の女に嫉妬してしまう。

「奈々は?」
「え?」
「こういうとこ来たことある?」
「……」

たぶん、私に「ないです」もしくは「初めてです」と言わせたいんだと分かった。
だって先輩の口元が笑っている。

だから……
「はい。あります」
得意気に言い放ってやった。
どうせすぐにバレる嘘だと思いながら……

なのに先輩は、
「誰とだよ!」
その顔から笑みを消し、眉を細めて私の腕を掴んだ。

まったく余裕のないその目に震えて、嘘だと言い難くなってしまった。

何も返せずに怯えている私を見て先輩は腕の力を緩めたけど、まだ鋭い目で私を睨んでいる。

「くだらねぇ嘘つくなよ」
ポツリと呟かれた。

自分でもなんでそんなこと言ったのか激しく後悔してる。
「ごめんなさい」
小さな声で謝ると、そのまま腕を引かれて先輩の胸に包まれた。
良かった。許してくれるんだ。


これが恋というものなんだろう。
落ち着かなさと、それでも惹かれる想いと、私は高木誠也に夢中で恋をしていた。

高木誠也の言うことは全部正しくて、彼に似合う女になりたいとそればかりを思っていた。
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