コクリバ 【完】
私が菊池家のキッチンに戻って、おばちゃんとともちゃんの手伝いを再開してしばらくすると、庭の方が騒がしくなった。

すぐに高木先輩たちが来たんだと分かった。
一気に鼓動が早くなる。

「あら。もう来たみたいね。じゃ、私たちも行きましょうか」

おばちゃんのその言葉がなければ、私はしばらく動けなかったかもしれない。


菊池家の広い庭には、バーベキューセットや小さなテーブル、その周りには椅子が少しと、古タイヤが置いてある。
先輩は、他の菊池自動車の従業員の人と談笑していた。
ツナギを脱いでNIKEの真っ白いTシャツに着替えられていて、仕事が終わった後の、開放感が溢れていた。

じっと見てしまっていたのかもしれない。
先輩が私に気付いて、その目が一瞬だけ優しく輝いた。

―――震えた―――

指の先から、胸に一瞬にして到達した震えが、次には私の頬を熱くした。
もう先輩の方は見れなくて、お箸を並べるのに集中しようとした。

「みんなお疲れ様。夏を無事に乗り切るために、今日は納涼会を用意した。肉もたくさんあるぞ。遠慮しないで食ってくれ」
おじちゃんがひと際大きな声で、開始の合図を出す。

「長男の友達も来てるがなぁ。よろしく頼む」
おじちゃんの顔が緩んでいる。

それに合わせて、3人いる菊池自動車の従業員のお兄さんたちが囃し立てた。

「社長。なんすか、そのにやけ顔」
「ほら、ビールこぼれてますよー」

どっ、と低い笑い声が起こった。

横を向くと、ともちゃんと菊池義人は隣同士に立っていて、二人とも照れていた。
ともちゃんは頬をピンクにして俯き、菊池義人は笑いながら何度も頷いていた。

「さぁさぁ。ドンドン焼いてねー」

おばちゃんの嬉しそうな声が本当の開始の合図となり、菊池義人と兄が肉を焼き始めた。
すっかり菊池家の嫁になった友達は、こんな大勢の中でも堂々と彼氏の横に立ち、談笑している。

その光景が少し羨ましくもあった。

もし高木先輩の家にお呼ばれしたら―――
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