コクリバ 【完】
だけど、菊池雅人や、他の人たちもやってきてしまい、先輩と話すチャンスは全くなかった。
先輩は、すっかり菊池自動車に馴染んでいて、楽しそう。

その視線がふとした時に私に向けられる。
その度に、私の鼓動がドクンと跳ねる。
私は他の人の話を聞いてるふりして、先輩の視線ばかりを追ってしまっていた。

「雅人。高校卒業したらどうすんだ?おまえが継ぐのか?」
菊池自動車の従業員の中でも、リーダー的な存在らしい山さんが聞いている。

「継ぐとかは、まだ分からないっすけど……はい。俺、車好きだし……」

そう答えた菊池雅人は、清々しかった。
もうずっと前から決めていた進路だったんだろう。
幼い頃の不安定さが無く、その目は期待に輝いている。

「お?決めたか、雅人。俺が一人前にしてやるよ」
そう言ったのは、先輩とそう歳が変わらないように見える感じの人で……

「おまえが言ってんじゃねーよ」
間髪入れずにツッコまれていた。
そのリズム良い笑いに、私も笑顔になる。

「高木は?どうすんだ?」

そう。それが聞きたかったんです。

「俺は……」

なぜかドキドキした。
こんな形で私まで聞いていいのかと思いながらも、先輩の口元をじっと見る。

「ジエイカンに……」

ジエイカン?

初めて聞くその名に、体育館みたいな建物の名前かと思った。

「こいつの兄貴がカイジにいるんすよ」

菊池雅人の説明が入った。
でも……カイジ?……聞いたことない。

「そうか。高木は自衛隊か、がんばれよ」

山さんが優しく先輩の肩を叩く。

自衛隊!

みんなより遥かに遅れて理解した。

そうか、先輩は自衛隊に入るんだ。

だけど私の人生で、これまで自衛隊なんて一度でも口にしたことがあっただろうか。
ほとんど自衛隊についての知識はない。

そして先輩は、俯きながら自分の将来を語った。
菊池雅人の目とは違う雰囲気の目をして。
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