コクリバ 【完】
もうこうなると、どうにかして二人で話がしたかった。
先輩が食べ物を取りに行くときにはさりげなく私もついていったけど、必ず他に誰かがいて全然そのタイミングがない。
そうこうしている内に中山さんや、菊池自動車を卒業していったという人たちまで加わってかなり賑やかな納涼会に発展していた。

菊池家の広い庭は、作業場から持ってこられた照明まで吊り下げられ、大賑わいで、通りがかった近所のおじさんまで、菊池のおじちゃんと一緒に飲んでる。

いつしか、ともちゃんと二人、端の方でその賑やかな光景を傍観していた。

「すごいね」
「うん。疲れた?」
「ともちゃんこそ疲れてない?」
「ちょっと…疲れた」

気怠い暑さと、バーベキューの匂いの中、男性陣のはしゃぐ姿を穏やかな気持ちで見ていた。
その向こうから、おばちゃんがジュースを二本手に持ち、近付いてきた。

「二人とも。今日はありがとう。もう遅いからそろそろ二人は帰りなさい」

そう言って、手にしていたジュースをくれた。

私たちが顔を見合わせていると、
「これに付き合ってたら、深夜になるわよ」
と笑って、
「義人ー」
息子を呼び寄せた。

お酒を飲んで顔が赤い菊池義人は、ユラユラと歩いてきた。

「あんた大丈夫なの?二人を送って行けるの?」
「あぁ。とも、行くぞ」

いつになく男らしい菊池義人を見てしまった。

菊池義人がともちゃんを送っていくのに途中まで便乗しようと、自分の荷物をまとめていると、
「送ってくよ」

ドキリとする低い声が聞こえた。

この声は……高木先輩。

その褐色の瞳が真っ直ぐ私を見ている。
私もその瞳から眼が逸らせなかった。

ほんの一瞬だったけど、私たちは見つめ合っていた。
この世に二人しか存在しないかのように、一瞬だけは二人の世界。

「…あ……」

ありがとうございます、と言おうとした。
二人で帰れる、と胸が躍った。

でも……
「じゃ、俺たちも失礼します」
と言う、兄の大きな声が聞こえた。

その直後、
「奈々ー」
呼ばれた。

やっぱり兄は過保護だ。
一人で帰れるのに……
というか高木先輩と帰りたかったのに……

「後で、電話する」

私にだけ聞こえるように先輩の声がした。
私がそれに答える前に、先輩はスッといなくなった。
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