コクリバ 【完】
上から覆い被さるように抱擁され、高木先輩とは違うその感触に戸惑う。
ただ逃げられないように捕まえられてるという感じ。

同時に、なんで? って言葉が浮かんでくる。

住宅街とは言え、人が全く通らない訳じゃない。
こんなところ誰にも見られたくないし、ましてや兄だってすぐに戻ってくるはずなのに……

兄はまだ追いつかない。

なんとか逃げ出さなきゃと焦るけど、ちょっと押したくらいでは全く何ともならなかった。

「離してください」

やっとの思いで、身をよじりながら言えた。

少しの沈黙の後、中山さんの腕の力が緩んだ。
だけど緩んだだけで、中山さんはまだ解放してくれない。
それどころか抱きしめられてる頭のところに、中山さんの頬がくっついているのがわかった。

軽くパニックだった―――

「奈々ちゃん。俺と、付き合って」

ドキリとした。
中山さんの声はか細くて、いつも堂々としている中山さんのそれとは思えず……

「……」

なんで突然そうなるのか、私には理解できなかった。
いや、分からないフリをしたかったのかもしれない。

だって、もう一人の兄だと言ったじゃない……

「返事はすぐじゃなくてもいいから、考えといて」

私をその腕から解放すると、いつもの中山さんの口調に戻っていた。

だけど、私はもう先輩しか見えてなかったから、
「……ごめんなさい……」
悩むことなくお断りした。

「…今じゃなくてもいいから…」

もう一度そう言って、中山さんは背を向けて歩き出した。
その後はもう何も話しかけられることはなく。

ただ無言で私の家の前で別れた。
< 148 / 571 >

この作品をシェア

pagetop