コクリバ 【完】
先輩の誕生日はいつですか?―――

昨日聞きたかったことをこの際聞いてみた。

12月。

本当は12月24日、聖夜 が予定日だったこと。
だから、先輩のお母さんが、“聖也”と名付けようとしたと……
だけど予定日より一日早く生まれてしまい、名前をどうしようか、と話し合いがもたれたこと。
更に先輩のお父さんが「そんな西洋の風習から取った名前はダメだ」と言い出し、今の“誠也”に落ち着いたらしい。

「私も7月生まれだから、“奈々”なんです」
「俺たち似てるな」

それだけで、私は運命の赤い糸で結ばれていると、一人で勝手に思ってしまった。


だからなのか、高木誠也の誕生日は何年経っても忘れない。
12月23日になると、毎年「おめでとう」を欠かさずに言ってしまうくらい。


足元の川の流れる音と、対岸からの喧騒を遠くに聞きながら、私たちはいろんな話をした。
自分が話したことは全く覚えていない。

それよりも、先輩がたくさん話してくれたことが嬉しかった。

「母さんは、次は女が欲しかったらしい」

先輩がお母さんの話をするときは、すごく優しい顔になる。

「兄貴は“和也”で、俺が“誠也”なのに、弟だけ“光”と書いて“ヒカル”って名前になった。女の名前にもあるだろ?
だから弟は今でも拗ねてる。友達には“コウ”って呼ばせてるくらいだ」

夏祭りの太鼓の音が鳴りだした。
先輩の低い声が、その太鼓の音に共鳴して、とても贅沢な時間を過ごしている気分がした。

「その時、よく親父がそんな名前許したな、と兄貴が言ったんだ」
「お兄さんが?」
「あぁ。たぶん、その頃から母さんは体調が悪かったんだろうな」

先輩はそう言ったまま、川面を見ている。

「母さんが死んだのは、俺が6年の時で、光はまだ3年生だった」

陽が落ちて、辺りは真っ暗になった。
土手沿いにポツンポツンと立っている街灯に虫が集まっている。

「おまえの雰囲気が母さんに似てるんだよ。おっとりしてて、誰にでも笑顔でいる感じが……」

先輩の左腕が、私の背中に回り、それから徐々に上に這い上がってきて、最後は左耳のところで落ち着いた。
先輩が私の左の耳たぶを触っている。
息も詰まりそうなくらいのドキドキが、バレはしないかと気が気じゃなかった。

「おまえは……いなくなるなよ」

大事な人が突然いなくなるなんて、私には想像もできないくらい辛いことなんだろうと思った。

だから―――

「はい。私は健康体なんで、大丈夫です!」

意味なく力こぶを作って見せた。
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